16.イレギュラーのカード
ある日、館に新たなスタンド使いが常駐するようになった。
男はケニーGという名で、館の部外者に幻覚を見せ、惑わせるスタンド使いだそうだ。
ディオさんの部下のスタンド使いは通常、スタンド能力をディオさん以外の他人には明かさない。だが彼はその能力上、少なくとも館に常駐している者全員に、能力が周知された。ケニーGと館の者、お互いが認知していれば、彼の幻覚の影響を受けることはないらしい。
スタンド名『ティナー・サックス』。
タロットカードにもエジプト九栄神にも含まれない、イレギュラーのカードだ。
私と一緒で。
「ふぁーァ……」
館の侵入者に幻覚を見せるという一種の警護役を担っている彼は、しかし、普段は暇なのだろう。欠伸をしながら、何をするでもなく寝転んでいる。耳の尖った、小柄な男だ。
「ケニーG、起きなさい」
そこに。私が現れる。暗闇から、誰もいないはずの空間から、唐突に。
「なッ……! 誰だ!? いつからそこにいた!?」
ケニーGは予想以上に狼狽えた。
ちょっとした演出のつもりで姿を消し、彼と目を合わせることで、唐突に彼の前に姿を現してみたが。
どうやらその演出は、期待以上の効果を発揮したらしい。
「ま、まさかおまえは……DIO様と同じ能力を……?」
――え?
姿を消し、彼の目の前に突然現れる。私がやったことはそれだけだが、ディオさんも……似たようなことを、できるということか?
だが、今はそれは問題ではない。私が彼に頼もうとしていることは、全く別のことだ。
「……いや、ナマエ様、か。オレになんの用だ?」
ケニーは平静を装いつつ、こちらを睨みつける。それに対し、私は微笑みながら応答した。
「少々、世間話ですよ。ケニーG」
ケニーは不審げにこちらを見る。私の本意を探っている、といったところだろうか。
「あなたはいつも、この壁の影に隠れているのですか?」
「まあな、館の侵入者に対して、幻覚を見せるということはできるが……」
渋々、といった様子で彼は口を開く。
「オレのスタンド能力に破壊力はねー。だから、あんまりデカい顔もしてられねーんだよ。――もちろんオレの幻覚能力は、誰にも打ち破ることはできないわけだがね」
彼はどうも、自分のスタンドには自信はあるらしい。
しかしこの言いぶりでは、他の者から少々下に見られているように思える。……確かに、ヴァニラのような凄まじいパワーを持つスタンドは、一線を画していると思うが。
そんなヴァニラについて、少しカマをかけてみた。
「ケニー。ヴァニラ・アイスのことをどう思っていますか?」
「ヴァニラ・アイスだぁ?」
すると彼は眉を顰め、吐き捨てた。
「ケッ、気に食わねェよ。アイツ、自分がDIO様の一番の部下だと思ってやがる――オレ達の中で、自分が一番偉いと思ってやがる。オレはDIO様には従うが、アイツに従う筋は全く無いのによォー」
なるほど、やや鬱憤が溜まっているらしい。
好都合だった。私は言葉を続ける。
「では。ヴァニラ・アイスのことを蹴落としたいとは、思いますか?」
「――あ?」
何を言っているかわからないと言わんばかりに、彼は目を見開く。
そんな彼に私は、ひとつ提案を持ちかけた。
「あなたの力を使えば、ヴァニラ・アイスに手柄を立てず、あなたの力にすることが可能です。より、ディオさんの役に立つことができる――気に入られるかもしれません」
彼の目の色が変わった。私は畳み掛けるように言う。
「私と手を組みませんか、と言っているんです。ケニーG」
この提案は、私の目的のために彼を利用する形になるが。彼にとっても、悪い話ではないだろう。
幻覚の力。破壊力こそないが、使い方次第では凶悪だ。
だからこそ。彼を、私側に引き入れることができれば。この男を、私の思い通りに動かすことができれば。
私の優位に持ち込めるはずだ。
「ヴァニラと、私、ナマエ。どちらに付きますか?」
そしてケニーは私の元に付いた。
といっても、あくまで彼はディオさんの部下だし、私はディオさんの使用人だ。
ただ、手を組んだだけ。
ディオさんの部下も一枚岩ではない。ケニーにとって、ヴァニラと私のどちらが気に食わないのかと言えば、ヴァニラの方だったのだろう。
もちろん私は、ケニーに全ては語らない。
ただ、私の目的にとって脅威となり得るヴァニラ・アイスへの対処のためのカードを、味方に引き入れておきたかっただけだ。
カードが増えていく。イレギュラーのカードに立ち向かうための、イレギュラーのカードが。
私の目的を果たすための、その時のために。
ジョジョさんの子孫も、ディオさんのことも。失わないために。