12.戦いの予感

 それから、また少し時間が過ぎた。この丘の上の館にいると、時間の感覚が曖昧になってくる気がする。
 時間の経過を感じたものは、ひとつだけ――全身を覆っていたディオさんの火傷の傷が、ほとんど治っていたこと。

 自分の分だけの食事を作りながら、これはこの館に来てからの私の、何回目の食事だろうと思う。
 この館にいる者は、私以外は人間をやめてしまっている者か、彼らの食糧である人間だけ。ならば私は、自分の分の食事だけ作っていればいい。そうしてそれを、独りで口に運ぶ。
 命を奪っている。人はそうして生きている。そしてそんな人間の命さえ奪い、傷を癒やし、生き続けるのがディオさんだ。
 ディオさんの傷が回復したこと、それは、ジョジョさんとの戦いを意味する。
 それでも、私は主人に従うしかない。彼をひとりで傷付けさせはしないと、そう思いながら。


 その日の夜のこと。いつものようにディオさんに紅茶を淹れて彼の部屋に控えていたところ、ワンチェンと言う名の東洋人が、皮膚をボロボロに崩れさせて館に戻ってきた。
 どうやら私の知らない間に、彼はジョジョさんを殺すよう命じられていたが、返り討ちに遭って帰ってきたらしい。
「ジョジョのやつ……新たな力を手に入れたようだ。このおれに対抗し得る、忌々しい力を」
 ディオさんはティーカップから口を離し、そう呟いた。

 ワンチェンの話では、ジョジョさんの近くには見知らぬ男がいたという。それがジョジョさんに力を与えた男ではないかと、ディオさんは舌打ちをしながら独りごちた。
 私には詳しいことを知らされていないが、それでも、ジョジョさんが、吸血鬼に対抗し得る力を手に入れたことだけは分かる。
 ……いよいよ、戦いの予感がした。ディオさんの火傷は目に見える範囲ではほぼ治り、元の輝くほど美しい姿となっている。そしてジョジョさんはいつの間にか、吸血鬼を倒す力を得たらしい。
 ……かつての、優しい主人か、それとも人間をやめてしまった現在の主人か。
 ディオさんをひとりにさせない、彼がひとりで傷付くことを私は許せない。そういう思いで私はディオさんに仕えることに決めた。
 だが、こうも思う。ジョジョさんにだって、死んでほしくはないのだ。
 私は、どちらが勝つことを望めばいいのだろう。
 私は一体、どのような結末を求めていると言うのだろう。


「何を怖がっている? ナマエ」
 黙っている私に、ディオさんはどこか楽しそうに言った。吸血鬼としての力を発揮することは、むしろ喜ばしいことなのかもしれない。今となっては邪魔者でしかない、ジョジョさんを排除することも。
「……私の主人がいなくなってしまうことが、怖いです。そしてディオさん、あなたがひとりで傷付くことも」
 そして口には出さなかったが、ジョジョさん、かつての主人がいなくなってしまうのも怖い。私にとって重要なのは仕えるべき主人だけであって主人が見知らぬ他人を殺す人殺しであっても構わないが、かつての主人への情はある。
 できれば、二人とも死んでほしくないという想いも。

「おれのことをひとりにしない、だったか。良くもまあ、そんな傲慢な考えでこのディオのことに仕えることを決めておきながら、いざ戦いの日が迫ると『恐怖』を感じるのだな」
 言葉だけ聞けば痛烈に皮肉られていると感じたが、しかし、彼の口ぶりは愉快そうだ。
「そしてナマエ、おまえはこのディオに仕えることに決めたのだ。それは他でもない、お前の選択だ。それは即ち『おまえも』ジョジョの敵であるのだと、そういうことになるのだぞ」
 おまえはそれを分かっていながら、おれに仕えているのだと思っていたのだがな。――その言葉に、気持ちが重くなった。

 分かっていた。分かっていたはずなのだ。私はジョジョさんを裏切ったのだと。
 それでも私は、二人ともに死んでほしくない、そう思ってしまう。敬愛するジョースター卿に、私は、ジョジョさんとディオさんの両方を主人として仕えるよう言われていた。
 今は、ディオさんに仕えたいと思ったから彼を選び、仕えている。それでも。
 ジョジョさんにも死んでほしくないと、そう思ってしまうなんて。

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