■新しい年のはじめ

▼日向創誕生祭2021!/パロディ時空

 毎年、年が明ける直前は、家族とのんびり過ごすだけだった。
 年越しそばを食べて、年末のテレビ番組をぼーっと見て。そして、カウントダウンを聞きながら年が明けるのを待つ。
 そして、年が明けた途端、明けたねー、なんて笑いながら、あけましておめでとうと言い合う。友達にもあけおめメールを送って、少しメールのやり取りをした後なんかに、ゆっくり眠りにつく。
 そんな、のんびりした年末年始は、嫌いじゃなかったけど。けど、今年はそれだけではない。
 だって、一月一日という日は――
 私の恋人、日向創の誕生日なのだから。


 年が明ける直前はのんびりと過ごしているけど、年末自体は私もそれなりに忙しい。冬休みに入ったこともあり、日向くんとはしばらく会えていなかった。
 そして、年が明けた後もしばらくは、あまり会えないだろう。お互いの事情が合えばいいけれど、そう上手くいかないものだ。
 だから、年が明けたらすぐに電話しようと、二人でそう決めていた。それくらいなら、時間もとれるはずだ。
 だから私は、新年のカウントダウンを聞いて、両親にあけましておめでとう、と挨拶をした後、すぐに自室に引っ込んだ。
 すると、携帯の着信が響いていることに気がつく。私は息を呑んで、通話ボタンを押した。

「もしもし、苗字?」
 その声が聞こえた途端、心臓が高鳴った。ああ、日向くんの声だ。私の大好きな人の声、私の大好きな声だ。しばらく会えてなくても電話は少ししていたが、それでも、何だか久しぶりに声を聞くような感じがして、胸が弾む。
「日向くん、誕生日おめでとう! 今年もよろしくね!」
 つい、新年の挨拶と誕生祝いの挨拶が混ざってしまった。誕生祝いをどうしても先にしたかったけれど、新年の挨拶も日向くんに一番にしたかったから。
「はは、ありがとな。こちらこそ今年もよろしく、苗字」
 日向くんも明るい調子で返事をしてくれるものだから、私はなんだか嬉しくなる。
「うん。あ、あとね、あけましておめでとう!」
「ああ、あけましておめでとう」
 日向くんも返事をしてくれた。だけど、普通そっちが先じゃないのか? と苦笑した声が聞こえる。そんな彼に、私は受話器越しに告げた。
「だって、真っ先に、日向くんの誕生日をお祝いしたかったから」
「そ、そうか」
 今、彼はどんな顔をしているのだろう。声色からはよくわからなかったけど、照れているのかな。
 ああ、日向くんと電話できていることが、こんなにも嬉しい。日向くんも――私と話すことで、少しでも楽しんで貰えてるといいな。

 新年の雰囲気は好きだ。新しい年、新しい夜明け。そんな中で二人で電話をできることが、たまらなく嬉しい。
「日向くんが生まれたのも、こんな風に、いつかの新年だったんだね。……いい日に生まれたね、日向くん」
「そうか? 元日生まれなんて、店も閉まってるし、友達にも会えないし、お年玉で誕生日プレゼント買えなんて言われるしさ……あんまりいいことないぞ」
 ちょっと不満気な口ぶりさえ、何だか愛しい。本音を言えば、二人で、直接一緒に過ごせたらいいんだけど、高望みはしないようにしている。今はまだ。
「それでも、だよ。元日生まれ、一年の始まり。どこにでも行けそうだし、どんな未来でも創っていけそう。創って名前も……日向くんにすごく合ってて、私は好き」
「そ、そうか……」
 名前だけじゃない。私は、日向くんの全てが好きだ。今すぐ会いに行きたい、今すぐ抱きしめたい、今すぐ――そう思うくらいには。
「それに、直接は会えてないけど、でも今年は、私と一緒に、電話できてるでしょ?」
「あ、ああ、そうだな」
「また来年も、こうして一緒に電話できたらいいな……なんて、気が早いかな?」
 私のこんな言葉にも、日向くんは優しく声をかけてくれる。それが嬉しくて、愛しくて。
「いや、俺もそう思ってた。それに……いつかは、苗字と一緒に誕生日を迎えられたら、新年を迎えられたらいいなって、……そう思うよ」
「……えへへ」
 彼の言葉があまりに嬉しくて、思わず何とも言えない笑いが口から漏れてしまい、慌てて口を抑えた。だけどそれだけ、日向くんの言葉に、空でも飛んでいけそうなくらいふわふわとした気分になっていて――

「なあ、苗字」
「なに?」
 浮かれきっていた私に、日向くんはもう一つ言葉を投げかけた。
「その……名前で呼んでくれないか?」
「え、ええっ」
 今までずっと、日向くん、と呼んでいたこともあって、彼の言葉に少し戸惑う。けど、さっき言った通り、彼の創という名は好きだ。だから、呼んでみたいと思ったことは、何回もある。
 私が少し迷ってるうち、日向くんは、一つ爆弾を落とした。
「俺も……苗字の名前、好きだ」
 人にそんなことを言われることはそんなにない。まして恋人から言われるなんて、とても嬉しいけどどうにも恥ずかしい。だから、ついこんなことを言ってしまった。
「……それだったら、日向くんが先に呼んでよ」
 わざと、拗ねたような口調で言ってみる。と言っても、彼がそれで渋ったとしても怒る気はなく、ただこう言ってみただけなのだけれど――
「名前」
 日向くんの声が、少年でもあり青年でもあるような彼の声が、そっと私の名を呼んだ。
「名前、好きだよ」
 それどころか彼は、もう一つの爆弾を落とした。甘く優しい声色でこんなことを言われて、私の心はもう、爆発してしまいそうで――
「ずるいよ、日向くん……」
 自分の気持ちが溶けてしまいそうなくらい、動揺する。顔が熱い。心臓が激しく動いて、胸が締め付けられるような、切ないような気持ちにさせられる。
「創くん」
 私の声は震えてしまっていた。けど、勇気を振り絞る。こんなに彼の名前を呼ぶのに緊張したのは、彼に初めて告白したとき以来だろうか――
「私も好きだよ、創くん」
 そう告げた途端、何か新しいことが始まった気がした。
 ああ、彼は今、どんな顔をしているのだろう。彼の顔を見ることができないのが、今更のように惜しく感じてきた。
 けど――それでも、彼の声が受話器越しに聞こえるだけでも、最高に幸せな気分になるのだ。
「うん、知ってるよ。はは、最高の誕生日プレゼントだ。ありがとうな、名前」
 だって私と創くんは、今、確かに会話している。何でもないような、幸福な時間。
 彼の誕生日も、新しい年も。
 こんなに幸せな気分で迎えることができたなら――きっと今年はいい年になると、そう思えた。


 夜も遅くなってきたので、名残惜しいがそろそろ通話を終わらせなければいけない時間になってきた。私たちはまたね、と言い合い、そして通話終了ボタンを押した。
 すぐに、とは言わないけれど。でも、近いうちに会いたい。そして、今度は直接、おめでとうって言うんだ。それから、今日贈れなかったプレゼントも手渡しするんだ。それに、それに――

 ふふ、と私は幸せな気分で布団に潜る。
 新しい気持ちではじまりを迎えられそうだと、
 今年は素敵な年になりそうだと、
 素敵な一年を二人で創ることができそうだと――
 そう、思った。


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