■素直なウソつき
モノクマの仕業によって、島にバラまかれた絶望病。狛枝くん、澪田さん、終里さんの三人の看病と付添いのために、私たちは病院に残っていた。
中でも狛枝くんは、今夜が峠とまで言われるほど、症状が酷かった。
だけど――どうやらついさっき、なんとか立ち上がることができるようになるまで復活したらしい。
きっと、罪木さんがつきっきりで介抱してくれたおかげだろう。
私たちは何も役には立てなかったけど、それでも、彼が回復したと聞いて心からホッとした。
そして私は、狛枝くんの顔を見るために彼の病室へ向かうことにした。
罪木さんは休むために病室から出ていったし、今はこの部屋には狛枝くんしかいない。
「狛枝くん、お邪魔します」
私が病室に入ったとき、彼はぼうっと立ちつつも、それでもまだ、何かぶつぶつ言っていた。……本当に大丈夫なのだろうか?
それでも、回復したことには間違いないらしい。さっきまで寝込んでいる時の彼は、まるで死人のようだった。今だって顔色は悪いけれど、まだ生きている人間の顔をしている。
――本当に良かった。彼の今までの言動は十分すぎるほど知っているのに、そう思っている自分がいた。
頼りなさげだけど優しい好青年かと思ったら、実はかなり強烈な考えの持ち主で。それだけではなく、彼の言う「希望」のためなら、人殺しも、自分が死ぬことすら厭わないという、厄介な思想の持ち主で。今まで死んだ何人かの仲間たちは、実質この人のせいで死んだのだ、と言っても過言ではないくらい、ひどい人で。
正直、彼が私たちの前からいなくなってくれた方が、この生活ももう少し穏やかになるのではないかと、コロシアイなんて起こらなくなるのではないかと、そう思うこともあった。
けど――やっぱり、持ち直したと知らされた時はほっとした。こんな人でも、死なれたくはない。私はもう、仲間には誰ひとりとして、死んでほしくないのだ。
それに。最初に優しく話しかけてくれたことが、未だに忘れられてなくて――
「……狛枝くん、大丈夫?」
よし。意を決して、私はぼうっと立ち尽くしている狛枝くんの前に立った。そして、そっと狛枝くんに声をかけてみる。
そんな彼の返答は――意外にも、しっかりしたもので。
「……なんだ、苗字さんも来てたんだ」
それでいて、冷たい口ぶりだった。
「えっ?」
その言い方に引っかかる部分があったので、思わず彼の顔を凝視する。
酷く汗をかいていて、本当に具合が悪そうだ。だけどその表情は、どこか焦燥しているようにも見えた。
「ボクさ、今は一人になりたいんだけど。それにボク、もうキミの顔なんか見ていたくないな。今すぐ出ていってくれない?」
「え、ええ?」
困惑。いくら変なことばかり言う彼でも、こんな風に露骨に人を邪険にすることなんて、今までなかった。なのに。
「えっと、狛枝くん、私がここにいるの、嫌?」
おずおず聞いてみても、彼はばっさりと、私の言葉を切り捨てるだけだった。
「ああ、嫌だね。放っておいてくれるかな。ボクはキミと話すことなんて何もない。キミなんて嫌いだ」
「――」
全身から、血の気が引いていく。
狛枝くんから好かれているとまでは思っていなかったけど、まさか、ここまで邪険にされるなんて――
だけど、完全にショックを受ける前に、先に諦めの気持ちが心を満たした。
彼にこう思われても、もうそれは仕方ないものであって、私にはどうしようもないのかもしれない。
だって、私は彼のことを、全く理解できていない。狛枝くんがどんな行動しようと、きっと私には理解できない。だからいつの間にか嫌われていたとしても、私はそれをありのまま受け入れること以外に、何もできないのだ。
「わ、わかった、ごめんね……」
「うん。早く出ていってよ。じゃあね」
病気のせいで顔色は悪く、感情の読み取れない瞳に見送られ、私はそそくさと病室から出ていった。
――やっぱりもうちょっと寝込んでもらって、黙っていてもらった方が良かったかもしれない。
付きっきりで彼の看病をしてくれていた罪木さんには悪いけど、私は内心、そう毒づくのであった。
病院のロビーで一人、ため息をつく。今は日向くんも九頭龍くんも罪木さんも、この場所にはいなかった。つまり、今の私は一人ぼっちだ。
「はあ……」
さっきの狛枝くんの言葉を思い出して、思わずため息が出る。
私だって別に、狛枝くんのことを特別に好いていたわけではないし、不気味に思っていたのは確かだ。
しかし、だからといってあんな風に面と向かって嫌いなんて言われると、さすがに堪えた。彼から特別に好かれているとまでは思ったことはなかったが、嫌われているとも思っていなかった。
そりゃあ、彼が病気になってから、今まで以上に変な発言ばかりしていて、何回も面食らったけど。それでも、ここまでの衝撃は――
「……って、あれ?」
そこまで考えて、ふと思い出した。絶望病にかかった狛枝くんの、その症状は――なんだった?
何故、忘れていたのだろう。そうだ、彼の言ったことがあまりに衝撃的すぎて忘れていたのだ。
彼がかかった絶望病。その症状は、ウソつき病。
そうだった。彼は今、口から出る言葉が全てウソばかりになっていた。忘れていた――今の彼は、この島にいる誰よりも、ウソつきだ。
ということは、つまり。さっきの発言の意味は、つまり――
『ボクさ、今は一人になりたいんだけど。それにボク、もうキミの顔なんか見ていたくないな。今すぐ出ていってくれない?』
――ボクは、今は一人でいたくないんだけど。もう少し、キミの顔を見ていたいな。ちょっとだけ、そばにいてくれない?
『ああ、嫌だね。放っておいてくれるかな。ボクはキミと話すことなんて何もない。キミなんて嫌いだ』
――ううん、嫌じゃない。ボクはキミと話していたいんだ。キミのことは嫌いじゃないんだ。
『うん。早く出ていってよ。じゃあね』
――待ってよ、行かないでよ、置いていかないで――
「……まさか」
ウソつき病。厄介な病気だ。しかし、彼がその病気にかかっているのは、紛れもない事実なのだ。
「いや、でも、そんな」
狛枝くんの言葉を逆転させて理解した途端、あの言葉を放たれた直後より何倍も動揺する。
だって彼は、「超高校級の才能」を愛しているのであって、私個人のことを好きなわけでもなんでもない、はずだ。だからこそ嫌われているのではないとも思っていたので、さっきの言葉が衝撃的だった、そうなはずだ。
でも。
「……仮に、いつもの狛枝くんだったら、『ボクのことなんてどうだっていい』『キミたちが気にすることじゃないよ』みたいなこと言いそうなのに」
しかし、彼の口から飛び出した言葉は、『早く出ていってよ』という言葉。
――それはつまり、置いていかないで、という意味。
彼はやたらめったら嘘を付くタイプではないと思うが、全く嘘をつかないわけではないし、肝心なことは隠すタイプであるように思う。
だけど。
彼は今、ウソつき病なんてものにかかったせいで、逆に――素直に言葉を出してしまっているのではないか?
とすると、彼の狛枝くんの言葉も、本心ととっていいのだろう。きっと、あんな彼でも病気で苦しんで、心細さを感じたのだろう。
「なんというか……狛枝くんにも、普通の人間らしい一面があるってことでいい、のかな」
わからない。彼のことなんて何もわからない。病気のせいで一時的に性格が変わってしまったのかもしれないし、病気のせいで言いたくないこともぽろっと言ってしまったのかもしれない。
また、私のことが嫌いだとウソを言った、つまり嫌いじゃないと言ったのも、特別な意味を持たない可能性の方が高い。……それでも。
「思わず出ていっちゃったけど……もう一回、顔を覗いてきてもいいかな」
ほんの少しだけ嬉しくなって、思わず立ち上がってしまった私は――果たして、単純な人間なのだろうか。
私はそのままスキップ気味に病室に向かった。
しかし――そのまま入るや否や、「なんで来たの、出ていってくれない?」と辛辣にもそう言われてしまったのは、また別の話。