■R.I.P.

▼狛枝凪斗誕生祭2021!/ED後

 狛枝凪斗はあの世界で一度死んだ。それも、かなり凄惨な死に方で。それが自分でやったことだとは、今でも信じられないのだけど。

 プログラム世界で死んだみんなの中で、目覚めている者はまだ誰もいない。みんなの目を覚ますため、私たちは日々奔走している。時に自身の才能を活用して、時に自分の専門外のことも四苦八苦しながら挑戦して、時に寄り添って、励まし合って。私達は、そうやって生きている。
 そんな日々を過ごす中、眠っているみんなの誕生日を迎える度に、ひそかに祝う習慣が生まれていた。彼らの好きなもの、好きそうなものを用意して、カプセルの傍に置く。そして、彼らに言葉を思い思いの言葉をかける。はやく目覚めてくれという願望を漏らすものもいれば、あの絶望的なプログラム内でも確かに存在していた、楽しかった思い出を話す者もいる。いつか届くのではないか、そして目覚めてくれるのではないかと、そう願いながら。
 そして今日は、私たち生き残りがプログラムから目覚めてから、初めての狛枝凪斗の誕生日だった。

 狛枝の好きなものは何なのだろう。希望に満ちたもの?
 プログラム内の電子生徒手帳で読めるプロフィールには、確か「綺麗なもの」と書かれてあった。なんだか漠然としていて釈然としない。
 修学旅行中に一番彼に歩み寄れたであろう日向に聞いてみたら、そういえばブルーラムを贈ってみたら喜んでいたな、という答えが返ってきた。私が好きではないので、それを用意するのはやめておくことにした。
 私が代わりに用意したのは、名前も知らない白い花。綺麗なものが好きなんだったら、こんなものでもいいんじゃない?

 狛枝の誕生日となった今日、みんなで狛枝が眠るカプセルの傍に誕生日プレゼントを置いた。
 おめでとう、おめでとう。彼に対しては複雑な気持ちを抱いている者も多いが、みんなで明るく彼に声をかける。彼の好きなもの、好きそうなものを贈って、はやく目覚めろよ、なんて口々に声をかける。あんな風に私たちを引っかき回し続けてた男のことも、目覚めてほしいこと自体は本当だ。だけど。
 ――棺にお供え物をしているように見えたと、葬式をしているようだとは、思っても言葉には出せなかった。

「狛枝」
 そんなプレゼントの中、私は花を彼に送る。
 彼はあの世界で死んだとはいえ、脳死状態であるとはいえ、肉体は生きている。そんな中献花のように花を捧げるのは、些か不謹慎なようにも思える。言葉には出さないとはいえ、そう思った仲間も、何人かいるのでは無いだろうか。
 しかし、だ。彼は一度死んだ。それならば、いっそのこと、供養の儀式をしてしまってもいいのかもしれない。そうすれば、むしろ、生まれ変わるように目覚めてくれるのではないだろうか。
 安らかに眠れ、狛枝凪斗。いつの日か、目覚めるその時まで。

***
 ねえ、キミはボクの魂はどこにあると思う? ほら、脳死したほかのみんなの魂も、さ。
 ボクは霊も魂もそこまで積極的に信じているわけではないけれど、だからといって完全に否定できるものでもないと思うんだよね。
 生きている者の魂が自身の身体の中にあるとして、死者の魂は天国または地獄にいたとしてさ。じゃあ、あの世界で死んだみんなの魂は? 心は、どこにあると思う?
 あはっ、案外近くにいたりしてね。ほら、キミの後ろとか、さ。
***

「――ッ」
 息を切らしながら飛び起きる。ああ、変な夢を見たなと実感したのは、寝ぼけた頭がいくらか覚醒してからのことだった。夢の中に死んだみんなが出てきたことは今までもあったことだけど、こんなにわかりやすい悪夢じみた夢に出てきたのは初めてだ。
 しかも相手は、あの狛枝凪斗だ。未だに眠ったままの、あの狛枝の。
 よりによって今日は、再びやってきた彼の誕生日だというのに。

 ――大嫌いな彼も、動かないままやせ細っていって……。
 ふとあの女の言葉を思い出して、冷や汗が流れる。
 一年と少し。プログラムから目覚めて、現実世界ではそれくらいの時が経った。
 本来は五十日間の修学旅行を想定されており、それ以上眠ったままでいれば、生命維持装置に繋がれているとはいえ、動かないままの身体は当然、徐々に衰えていく。
 だが、この一年で、狛枝以外のみんなは次々と目覚めていった。さすがは超高校級のみんなというか、さすがは「未来だって創れる」と言ったからと言うべきか。
 しかし――狛枝だけが、カプセルに入ったまま、二度目の誕生日を迎えることとなったのだった。

 去年はみんなと一緒にプレゼントを渡したけれど、今年はそんな気分にもなれなくて、私は海を眺めながら黄昏れていた。
 プレゼントを渡してみたところで、それから近いうちに目覚めることがなければ、結局自分の手元に戻ってくる。そして枯れかけた花を処分するのも、食べ物を渡したとして結局自分で食べるのも、あまり気分のいいことではなかった。
 ――というより、狛枝は目覚める気があるのだろうか。
 ふと思う。あの世界で死んだ者の中で、彼は唯一、自分の意志で死んだ。しかも、それが希望のためであると信じて。そんな彼が――目覚めようと思う日は、来るのだろうか?
 もし、本当に、動かないままやせ細って、永遠に目覚めず、いつの日か眠るように息を引き取ってしまったら――

 この一年で、力を合わせて少しずつ、少しずつ、みんなが目覚めない原因は取り除いてきた。そのはずだった。
 だが、狛枝だけが一向に目覚める気配がないのは、本人が生きる意思を既になくしているからなのかもしれない。
 もし、本当に、二度と目覚めなかったら――
 酷い冗談だ。去年の私が用意した花が、本当に献花になってしまうではないか!
 本当に、永遠の眠りに、永遠の安らかなる眠りになってしまうではないか!
「ああ、もう!」
 ……駄目だ。こんなことを考えていても仕方がない。
 今回は花なんて用意していないけど、それでも、彼の顔を一度見ておくくらいはしても良いだろう。
 そう思ってその場から立ち去ろうとした、そのときだった。

「やあ」

 一瞬、時が止まった。
 ゆっくりと振り向く。そこにいたのは。
 眠りについていたはずの彼。一年間眠り続けていたはずの男。
 自分の意思で死んだ、狛枝凪斗。
「狛枝、あなた、目が覚めて」
「ん、まあね。おはよう、苗字さん」
 動揺してまともに返答もできない私に、狛枝は呑気に挨拶をした。どう言葉を返すべきか迷っている私とは対照的に、狛枝はあくまで、いつもと同じような表情でこちらを見る。
 どうしてそんな、せいぜい一週間ぶりみたいな顔をできるのだろう。
 こちらは一年以上、待っていたというのに。目覚めないのかもしれないと、不安に思っていたのに。
「全く、よりによってなんでボクなんかを起こそうとしたんだか。みんなもお人好しだよね」
「狛枝だけを起こさない選択肢なんて、どこにもないでしょ。それより、どうしてここに? みんなのところにいたんじゃないの?」
 うーん、と言って顎に手を置いて考えるそぶりを見せたが、やがて、あははと笑った。
「日向クンたちに、キミならここにいるって聞かされたからね。他のみんなとはもう会ってきたけど、キミにも一度会ってきたほうがいいんじゃないかって言われたからさ」
 そう、と返事をする。こうして彼と一対一で話せるのは幸運なのか不運なのかはよくわからない。
 とにかく、これで七十七期生みんなが揃ったのか。――電子上の存在である彼女を除いて。
 その彼女を殺したのは、彼であり、私達でもあるのだけど。

「……狛枝、よりによってこの日に起きたのって、きっとあなたの幸運のおかげなのかな」
「こうして気持ちよく死んだつもりだったボクが起こされたのは、ひどい不運だと思うけどね」
 だからこそ今後幸運が訪れるのかな、なんてへらりと笑う彼は、何も変わっていなかった。少し細くなっただけ。学園時代とも、絶望時代とも、プログラム内とも、何も変わっていない。
 安らかな眠りから、再び目覚めた。それだけだ。
「……それはともかく、誕生日、おめでとう。きっと今日という日は、新しい誕生日、希望の一日になるはずだよ、きっと」
「うーん、ボクなんかの誕生日がおめでたいものだとはそんなに思えないんだけどね」
「それでも、いいよ」
 あなたにとって、今日が特別な日ではなかったとしても。
「生まれてきてくれて、ありがとうって、言いたいよ」
 起きてくれてありがとうって、言いたいよ。

 おはよう、久しぶり。
 きっと今日が、あなたにとっての再誕の日。
 私達にとっての、希望の一日。


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