■涙爆弾

※夢主が情緒不安定/露伴が自分勝手

 露伴が自分勝手で、変人で、私のことだって漫画に比べたら二の次の存在だとしか思っていないのはわかっている。だけど、だけど!
「お、名前、良い泣き方してるじゃあないか」
 そんなことをいけしゃあしゃあと言って、泣いてる恋人を慰めもせずに、スケッチするのはさすがにどうなの!? と、しゃくり上げるも、上手く声が出せず、それは結局伝わらなかった。

 別に何があった、という訳では無い。強いていえば、この一ヶ月で、露伴との生活に疲れてしまい、爆発してしまったのだろう。何を言っても何をやっても漫画、漫画、漫画。私のことなんて気にかけないし、デートしたと思っても写真を撮ったりスケッチしたり人間観察ばかりしている。家に行っても、仕事の邪魔だ、あっち行けよなんて言われるし、飲み物を出してあげても、別にいい、なんて言われてしまう。
 そして、たまに思い出したかのように私を求めてくるのだ。そういう生活は、ある程度は覚悟していたし、私も、一緒にいれるだけでいい、と自分に言い聞かせていた。確かにそうだったけれど、それでも不満がなくなるわけではない。確実に、ストレスが身体に蓄積していたのだろう。
 そして今日、それが爆発した。きっかけはとても些細なこと。私はコップを割ってしまったのだが(勿論それは私が悪いと思っている)、駆けつけた露伴は私を責めもせず、かと言って「大丈夫か?」なんて心配せず、黙って私が割れたコップを片付ける様子をスケッチしていたのであった。いっそ責めてくれれば楽なのに、私自身に対しては無関心だなんて! 割れたコップをスケッチする方が大事なの!?
 露伴が部屋に戻ったあと、勝手にぼろぼろ涙が零れてきた。どうしようもなくなって、独りで静かに泣いていたところにこれだ。「良い泣き方してるじゃあないか」って、それ、恋人に言うセリフ!?
 キッ、と恋人を睨みつける。真剣に描いているその姿はそれだけで絵になっているが、それすら憎らしく思えてくる。別れたい、と思ったのも一度や二度の話ではない。もう、限界かも。私は露伴のことが好き? 嫌い? 自分に問いかけても、頭がごちゃごちゃしていて、全くわからない。―――本当に、嫌いだと思っているの? 別れたいと思っているの? ……でも……。
 露伴の姿、憎らしくも思えるけれど、やっぱり見惚れてしまう。これが惚れた弱み、ってやつ……? それすら無かったら、別れよう、って言えたかもしれないし、楽になれたかもしれない。

「―――で、なんで泣いていたんだよ」
 突然筆を止め、私に問いかける露伴。どうせそれを聞いたところでまた漫画のネタにするつもりなんだろうな、と思うと腹が立ったので私は首を振った。

「―――フン、どうせさっきぼくが心配もしないでただスケッチしてたのが気に食わなかったんだろう? 悪かったよ」

 ……え? と見上げる。露伴が私に謝ることなんてそうないから、何が起こったのかよくわからなかった。――『ヘブンズ・ドアー』で私の記憶を読んで、だから当てた? それから、『今起こったことは全て忘れる』……って? いや、でも、『ヘブンズ・ドアー』でやられたら、私にはわかるはずだ。……私の『スタンド』が、露伴がヘブンズ・ドアーを使うのを、そう許すはずがない。
「……なんだよ、人が謝ってるのに返事もなしか? ……それとも、違ったのか」
「……別に」
 私は疑い深く露伴を見る。何か企んでるんじゃあないでしょうね?
「……ただ、露伴が普通に謝ったのが……、なんか、変な感じしただけ」
 私は言葉を詰まらせながら言った。涙はいつの間にか引っ込んでいる。露伴は私の呟いたことにオイオイオイオイ、と肩をすくめて言った。
「ぼくだって謝ることくらい知ってるさ、ぼくは猿じゃあないんだからね。だけど……今まで、邪険にして悪かったよ。言い訳するわけじゃあないが、最近ピンクダークの少年が大きな山場を迎えていてね、君まで手を回す暇がなかったんだ、すまない」
「……露伴からそんな言葉が出てくるなんて、明日は槍が降るね」
 言い訳してるじゃん、とは言わなかった。不機嫌になられても困る。
「そういえば先週からピンクダークの少年、新しい部に入ったもんね」
 言われてみれば、先週から露伴が少し優しくなった感じはした。今日冷たかったのは、単に今日中に仕上げたかったから、なのだろうか……。
「……こっちこそごめんね、露伴。人の家で泣いたりして」
 別れたいなんて思ってごめんね。私、もうしばらくはあなたと一緒にいたいみたい。
「……ここでまた謝り返すのはぼくの性にあっていない。けど、本当に悪かったと思っているよ。……なあ名前、原稿が終わったら少し出かけないか? 三十分で仕上げる」
 珍しくばつが悪そうに、私を誘いかける露伴に、私は泣き笑いで応えるしかなかったのであった。


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