■欺瞞

「ディエゴ、私のこと好き?」
 普段、面倒なことをあまり好まない私にしては、かなり面倒くさい言葉が出てきたと思う。
 それに対し、同じく無駄なことを嫌う恋人は、心底面倒くさそうな顔をした。
 私たちは今、SBRで長距離レースをしている最中だ。今は日が完全に沈み、回りに敵らしい敵もいないので見張りを交代しつつ就寝しようか、といったところである。
「……いきなりどうしたんだ」
 恋人はこちらを見向きもしない。至極全うな反応をされ、胸が痛む。だけれども、聞かずにはいられなかった。
「だって、ディエゴ、好きとか言ってくれないし、それらしいことも全然しないし」
 自分でも面倒なことを言っている自覚はある。そう、いつもの私たちは全然恋人らしいことをしない。どちらかというとレースでの私たちは『協力者』でしかないし、男女が行動してると何でもかんでも囃し立てる輩以外は私たちが『恋人』であると思っている人もいないだろう。事実、レースに参加する前から、私はどちらかというと使用人みたいな存在だった。
「……俺は君が好きだぜ。だから、こうして一緒に過ごしているんじゃあないか」
 ディエゴは私の近くにやってきて、耳元で囁いた。端正な顔立ちがそこにあり、耳に息がかかり、ゾクッとなる。一瞬流されてしまいそうになるが、なんとかふんばった。
「……あなた、そうして何人の女性を口説いてきたの? 確か一年くらい前に結婚した時も、そうだったのかしら」
 あれか、とクツクツ笑う。笑顔を見るのは久しぶりかも、とドキッとした。
「あれは金目当てさ。それはナマエも知ってるだろ」
「私も金目当てなんじゃないの? レースに私が二位で勝って、あなたが一位なら。それだけでかなりの額に」
 私の言いたいことを全て言うことはかなわなかった。
 何故なら、ディエゴが自らの唇を使って、私の口を塞いだからだ。
「!? ―――むぐッ」
 それだけなら驚いただけですんだけれど(結構久しぶりのことであった)、なんと、ディエゴは私の口の中に舌を入れてきた。ディエゴが私の中に入ってくるのなんて久しぶりで、動揺と共に、ディエゴへの文句が溶けてしまいそうだった。

 少しの間、そうしていた。永遠にも思える時間。

「―――ぷはッ!」
「ナマエのそのうるさい口を塞いでやらないとな……。いいから、聞け」
 ディエゴは口を離してからも、私の口を指で押さえつけている。別に振り払おうと思えば振り払えたけれど、なんだかそういう気にもなれなかった。
「俺は、別に君が二位になれるとも、金を稼いでくれるとも思っていないさ。まあアシストはするし、ナマエが二位になって俺が優勝すればそれでいいとは思っているが。それに、ナマエ、忘れたのか? レースに参加する前から同棲してたこと。別に君の一族が貴族でないことも知っているさ。俺がなんでナマエと付き合ったかわかるか? 別にメイド扱いしていたわけじゃあない」
 ディエゴが涼しげにそう言うので、なんだかわからなくなる。静かに首を振ると、ディエゴは私の口から指を離し、私に顔を近づけてこう耳打ちした。

「それは、君のことを愛しているからなんだぜ……ナマエ」

 そしてディエゴは、もう一度私の唇に口づけした。愛してる、と言われたのは初めてで、動揺してしまう。

 とろけてしまいそうで、幸せで。ディエゴに対して持っていた不安も、どこかへすっ飛んでしまった。もし仮に騙されているとしても、もう……それでも、いいや。


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