■世界を越える前に

▼世界ディエゴ。平行世界のSBR捏造

「このダイヤモンドが、ね……」
 みんなこのダイヤモンドに命をかけている。このダイヤモンドの力で私もスタンド能力を得たのだから、気持ちが分からないわけではない。
 ダイヤの奇跡はスタンド能力を得るだけの力ではない。このダイヤを持つ者は富と名声を得るのだと、そう言われている。だから大統領はこのSBRレースを開いて、選手にダイヤモンドを集めさせようとした。最後に自分が総取りするために。
「おいナマエ、行くぞ。次のダイヤも、オレたちが手に入れなくっちゃあならないんだからな。特に、ジョニィ・ジョースターには取られるわけにはいかない……分かっているよな?」
 そして、なんの因果か、私はDioと行動を共にしている。競馬界の貴公子と呼ばれる男と。協力者と言えば聞こえはいいが、今にでも切り捨てられるのではないかと、そう思っていた。
 私は彼のスタンド能力を、知らないままだ。


 このダイヤを私が手に入れたのは、本当に偶然だった。否、何か導かれるように砂漠の途中で、ミスをしてコースから外れかけたときに、それは埋まっていた。砂漠という場所でコースを外れかけて、死を覚悟していたその時に、私はダイヤとスタンド能力を手に入れた。
 私のスタンド『サーカス』。それは、自分自身と、私が触れたものだけ時間を戻せる能力。連続使用はできないし、戻す時間は細かく決められない。最大半日まで、といったところだ。
 ……要するに、たとえば大きな怪我をしても、半日前の状態――怪我をする前の元の状態に戻ることができる。怪我をしてから半日以上経たない限りは、そして即死じゃない限りは。
 その能力で、砂漠で干からびそうになる前の状態に身体を戻しながら、私はコースに戻ることができた。そこで、ダイヤを得た私は、このディエゴ・ブランドーと対峙することになったのだった。

 私の能力では、自分の怪我を治すことはできても、敵に攻撃することはできない。しかも連続で使うこともできないのだから、何回も怪我をするわけにはいかない。
 だから、銃を使って応戦するしかなくても――Dioには当たらない。絶対に当たった、と思っても、何故かDioはその弾を目に見えないスピードで避ける。絶対におかしい、人間のスピードではない。
 そんなスピードで、Dioは私を攻撃してきた。
 それで私は、あっけなくやられかけたけど――彼は、私にこう言ったのだ。
「ナマエ・ミョウジ。取引をしよう。君のスタンド能力は役に立つ。このDioに協力すると言うのなら、そのダイヤモンドを手渡すと言うのなら、オレは君を殺さないでやるさ」
 そして、私はその条件を飲んだ。ダイヤには元々そこまで興味がない。スタンド能力は便利だけど。怪我を完璧に治すことができて、応用次第では他でも使えそうな能力だからこそ、彼は私を協力者としたのだろう。私がダイヤに興味がない点も気に入ったらしい。
 だから私は、Dioと一緒にいた。……段々それだけでなくなってきていると思っているのは、私だけかもしれないけど。
 

「Dio、あなたのスタンド能力って結局なんなの? ……瞬間移動?」
 馬に乗って走りながら、私はDioに話しかける。彼は少々機嫌悪そうに、だが返答はしてくれた。
「……そんなチャチな能力と比べないでもらいたいが。だが、スタンド能力とは、人に教えるものなんかじゃあないだろう? ナマエ、前に君はオレと対峙したんだ。それで分からないのなら、オレが君に教えるつもりはない」
「……つれないのね」
 答えは、教えてもらえなかった。自力で気づけなかったのなら、教えないというつもりらしい。
 いつまでもこの話をしても仕方がないと思ったので、私は話を変えた。
「私、結構Dioのこと好きよ。その、大統領にすら歯向かう野心とか。そのスタンド能力も、世界を支配するようなものなんだって、なんとなくそう思える」
「……何が言いたい?」
 整った顔立ちが、怪訝そうな表情を作ってこちらを横目で見た。その鋭い瞳を見つめながら、私は、できるだけ正直に言った。
「最後まで連れて行ってってほしいなって、そういうこと。私、あなたを裏切ったりしないわ。ダイヤモンドも要らない、あなたのもの。あなたが頂点に立つところ、私はそれが見たい」
「そう言いながら寝首をかく気じゃあないだろうな」
 そしてDioは肩をすくめる。私の言葉を、あまり本気で取り合っているようには見えない。
 それでも構わなかった。彼が全てを手に入れるところ、それさえ見られれば、私は他に何も要らなかった。
 私はその時、本当にそう思っていた。


 そうやって、彼と行動を共にし続けていた、ある日のこと。
 レースはもう終盤だ。戦いも激しくなってきている。私は戦闘には不向きなため、Dioと別行動を取ることも増えていた。それでも別にいい、最終的に彼の隣にいることができれば。そう思っていたのに。
「……ナマエ。このダイヤモンドは、全部くれてやるよ」
 Dioは私と合流したかと思えば、今まで集めてきたダイヤモンドを私の方向に投げた。私はそれを反射的に受け取ったが、信じられないような思いで彼のことを見る。
「えっ、え? どういうこと?」
 ……ありえない。Dioは、ディエゴ・ブランドーは、これを集めるために今まで私と行動を共にしてきた。優勝も絶対にするが、それ以上に、今の彼の目的はダイヤモンドを手に入れること、そのはずだった。彼がそのダイヤを、手放すことがあるなんて――
「ダイヤモンドは『代替品』でしかなかった、ということさ。むしろ、持っていく方がマズいかもしれない……基本世界にはな」
 基本世界? ……彼が何を言っているか、全く分からない。
「何を、言っているの……?」
「もう協力関係は解消、ってことさ」
 そうやって、Dioは肩をすくめる。
 彼が何をしたいのかは、分からないけど――Dioはひとりで、どこか違う場所に消えてしまうつもりだと、そのことだけは理解した。
 なら、私が言うことはひとつだけ。
「連れて行ってって、そう言ったじゃない。最後まで、って」
「……危険だ。リスクがある。そのリスクを乗り越えて、オレは世界の全てを手に入れるが、ナマエを連れて行ったとしたらきっと、君はこの先で死ぬ」
「そんなの知らないわ。私は、Dioと一緒にいたくて、ここまで来たのよ。あなたが頂点に立つところを見たいって、私――」
 その次の瞬間。私は口を閉ざしていた。そして、口元に何か触れたような、そんな気がした。
 そして、Dioはもうここにはいなかった。

『元々オレたちは、いつまでもこうしているわけにはいかなかったんだ。オレは基本世界で頂点に立つ。ナマエ、君はこの世界で幸福であればいい。……幸運を祈るよ』

 何かが、私の口に触れた気がする。そして、やけに優しい誰かの声に、耳元で囁かれた気がする。
 だけど、そのはずはない。さっきまで私の隣にいたDioは、馬で五秒ほど走った位置にいた。こんなの、瞬間移動なんかじゃあない――
 時を止めたのだ。止まった時の中で彼は、私の元から走り去ったのだ。たった五秒ほど、されど五秒ほど。その距離は、実際の距離以上に遠く感じる。
「Dio、待って、ディエゴッ」
 私は慌てて、Dioを追いかける。
 だけど。イギリス競馬界の貴公子と呼ばれるディエゴ・ブランドーの本気の走りに、私が追いつけるはずもなかった。Dioのことを見失い、しばらく走り、シルバー・バレッドの足跡を頼りに探し回って――やがて、私は知った。知りたくもなかったことを。
 Dioはもう、この世界から消えてしまったということを。

 最後になって私は、彼のスタンド能力に気がついた。時を止める。……世界を支配する力だ。
 本当に彼は、止まった時の中で、私に口付けをして、別れの言葉を囁いたのだろうか? ――分からない。私にはいつも、分からないことだらけだ。
「……『サーカス』」
 思わず、自分の時を半日前に戻しそうになる。Dioが隣にいることが当然だった、あの時の私に戻りたくて。
 だけど、戻れない。もしかしたらDioは、最後に私に口付けをしたのかもしれないから。それを、なかったことにはできなかった。
 本当に口付けされたかどうかも、分からないというのに。
 時を止めたいのは私の方だった。
 いくら私の時を戻しても、Dioはもういない。
「私……私が欲しかったのは、世界の全てなんかじゃなくて、Dio、あなたのことだったのに」
 そして、涙を流す。Dioに渡された、捨てられたダイヤモンドは、無情にも輝き続けていた。


「……ナマエ・ミョウジ。Dioはどうした? どこへ行った?」
「ジョニィ・ジョースター……」
 しばらくそこに佇んでいると、ジョニィ・ジョースターが警戒した素振りでこちらに近付いてきた。彼は爪弾を私に向けている。……私はもう、彼らとダイヤモンドを取り合うつもりなんてないのに。
「ダイヤモンド、あげる。私にはもう必要のないものだわ」
 そして、私はジョニィにダイヤモンドを投げる。ジョニィは目を丸くしつつも、ダイヤモンドをしっかり手に取った。そして、正気かコイツ? とでも言いたげな瞳で、私のことを見ている。
 そんなジョニィに、私は真実を言った。きっと、私にとってだけ、残酷な真実を。
「Dioは……もういない。そして、きっと大統領も。あなたがそれでいいと感じるかどうかは、知らないけどね」
「それは……本当なのか? ナマエ」
「さあ。そのうち分かるわよ。ダイヤモンド争奪レースの幕切れは、あっけないものだってね」
 ジョニィは困惑した表情を向けつつも、爪弾を引っ込めた。私に殺意がないこと、ダイヤモンドが本物であること、私が本気であることを信じて、戦うという手段を取ることをやめたのだろう。
 だが、私にとってはもうどうでもいい。知らない。そして私はこれから、SBRレースをゴールすることになるのだろう。一人きりで。
 それがなんだか、無性に寂しかった。


 ファニー・ヴァレンタイン大統領、行方不明。
 ディエゴ・ブランドー、行方不明。
 SBRレースは、これで終わってしまった。ダイヤの行方は、もうどうでもいい。
 Dioがどこに消えたのか、私には分からない。だけど、せめてその先で、彼の目的が果たされればいい。
 たとえ、それが無駄な祈りだったとしても。私には、そうすることしかできなかった。


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