■恐竜の独占欲

※R15?

 恐竜に、襲われた。

 正確に言うと、彼の『スタンド』―――『スケアリー・モンスターズ』で、半分恐竜化したディエゴに襲われた。
 彼の頬にはヒビが入り、そして手袋を嵌めた手の指先には鋭い鉤爪が生えている。頬の奥まで裂けた口の中には鋭い牙が二つ煌めいていて、それを見た私はなんだかドキドキしてしまった。そして何より、私をまっすぐ見つめる金色に輝いた爬虫類の瞳と、ゆっくりと揺れる大きな恐竜の尻尾―――
 
「ディエゴ? ……どうしたの?」
 今にも私を捕食してしまいそうな私の恋人に向かって、私は胸を高鳴らせつつも、少しだけ怯えながら問いかけた。
 その鋭い爪に引き裂かれてしまったら、そしてその尖った牙に噛みつかれてしまったら。きっと、私はひとたまりもないだろう。

「暇潰しだ。付き合え」

 そんな風に戸惑っている私を見て、彼はすげもなく囁いた。その声は熱っぽさを孕んでいて、私の腰は思わず抜けてしまいそうになる。
「……何それ。下手したら私死ぬかもしれないんだけど。その牙と爪しまってよ」
 じっ、と彼が金色の瞳で見つめてくる。私はその熱に耐えきれず、そっと目を逸らしてしまった。だけど、そんな私を見ても、ディエゴはただ私に顔を近づけるだけ。そしてさらに私はあらぬ方向を向いてしまう。
「別に、死なれても構わないさ。ナマエを殺すのがオレならな」
 それはちょっと酷いと思い、私は思わず目を彼に向け直した。ディエゴのことを抗議するかのように睨みつける。
 しかし、彼はそんな私のことを気にした様子も見せずに、手をそっと私の頬に伸ばした。ただ、愛おしげに優しく撫でる。熱を持った手が私の頬を覆うので、私は少しの間心地良さに包まれてしまった。
 睨むことも忘れて暫く心地良さに沈んでいると、突如ディエゴは急に爪をたて、私の頬を引っ掻いた。
 予想していなかった行動。キッ、と鋭い痛みが右頬から生まれ、私は苦痛に顔を歪める。

「……女の子の顔を傷つけるだなんて、紳士のやることじゃあないわね」
「へえ? ナマエにはオレが紳士に見えてたって言うのか?」
「まさか。恐竜が紳士なわけないでしょ」
「そうか」

 クク、と笑ったかと思ったら、彼はさらに恐竜化を進行させた。ヒビはカサブタのように剥がれ落ちて、鉤爪はさらに長くなってくる。

 ディエゴの口角が上がった。

 裂けた口から覗く歯は全てが鋭くなり、特に二本の牙はさらに鋭さを増している。縦に裂けた瞳孔が、私の瞳をじっ、と射抜いた。
 不覚にも少したじろいてしまって、思わず逃げ場はないか、と辺りを見渡す。しかし、彼から逃げようとしたとしても、私はすぐに捕まえられてしまうだろう。そしていよいよ、手加減されずに襲いかかられたとしたら、私は死んでしまうのだろう。

「じゃあ、決して紳士的でない、この恐竜と相手してもらおうか」

 ディエゴはそう咆哮したかと思えば、私の首筋に喰らい付いた。激痛が、私の首筋から脳みそへと走っていった。

「痛ッ―――! ……ディ、ディエゴ……。何か怒ってるの?」
「まさかだろ。ただ、君に印をつけてやりたいってだけだぜ。―――ナマエは、オレのものだ」
 悲鳴をあげ、息も絶え絶えで私が聞いても、恐竜は澄ました顔で答えるだけだ。ディエゴはさらに、爪で私の頬に傷をつけた。
「……独占欲ってヤツ? 心配しなくても、私はあなたから離れたりしないわ」
「フン、どうだかな。どっちにしろ、顔にこうやってカワイイ傷をつけちまえば、君に寄る男もいなくなるだろ」
 恐竜は擦り寄るようにして、私の頬にある傷に、優しく口付けを落とした。私が硬直したのがわかったのか、今回は牙を向けなかった。
「……恋人に印を付けたいのならキスマークでもするのが普通じゃないの」
「キスマーク? そんなの、オレじゃなくても君に付けることはできる。そうだろう? ―――でも、この牙でナマエを傷付けることができるのは、このオレだけだ」
 そう囁いてディエゴは、私の唇に文字通り噛み付いた。熱い、と思ったのは一瞬で、すぐに唇から痛みが生み出された。
 血の味がした。
 唇の傷が癒えるまで、ディエゴは私の身体中を噛んで、引き裂く。私は痛みに呻いているのだが、そこは全く気にしていないようだった。

 ようやく唇の傷が癒えたと思ったら、最後にもう一度だけ、下唇に牙が向く。
 痛みに悶えていると、ディエゴは唇をさらに押し付け、私の舌を吸い取った。
 ゾクゾクする心地良さと、舌を噛みちぎられるかもしれないという恐怖に板挟みになり、腰が抜けてしまう。身体に力が入らなくて、抵抗する気にもならない。
 しかし、結局優しく甘噛みされただけで噛みちぎられはしなかった。それでも、口の中には鉄の味がいっぱいに広がっていた。
 

「―――フン、暇潰しにもならなかったな」
「……よく言うわよ。これだけ好き勝手やっておいて。それに、最初に暇潰しとか言ったのはそっちの癖に」
 私は自身の身体中を見回してため息をついた。頬も首筋も、背中も手首も脚も、身体のいたるところが痛みに悲鳴をあげている。最後につけられた唇の傷はまだ癒えていなくて、そこを舐めるとまだ鉄の味がした。

「顔に傷つけられちゃってお嫁に行けなくなったわ。しょうがないから、あなたに責任を取らせてあげる」
「フン、違うね。オレが責任を取ってやるんだ。感謝しろよ」

 恐竜化を解いても、彼は減らず口を叩き続ける。どうやら恐竜化した勢いで及んだ行為ではないようだ。衝動的ではあったかもしれないけど。そうだとしても私は、彼を怒らずに、ただ笑うことにした。

 これでも、私たちは幸せなのかもしれない。私は彼を愛しているし、彼も私を愛している。何も問題はない。たとえ彼の独占欲が、彼が私を支配したいという思いが人一倍強かったとしても、何も問題はないのである。

 そう、今日、私は恐竜に捕食された。それだけの話であった。


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