■白薔薇の似合うひと

※病み

 私は、恋人から受け取った、白く美しい薔薇を、いつも身につけている。
 これを身につけている理由を陳腐な言葉で言い表すと―――恋人からの束縛。それ以外の何でもなかった。


「…………戻りました」
 私は、私よりも若い恋人―――『組織』のボスの元へ、予定よりかなり早く戻ってきた。本当は、数人の友人と、もっと遊んでから帰る予定だったのに。
 外出を禁じられているわけではない。特に『他の男と話すな』といった、窮屈な命令をされているわけでもない。ただ私は、ジョルノに言われた通りに、白い薔薇を身体中に身につけているだけ。頭には髪飾りとして、胸にはブローチとして。
 そして服の下には、人目につかないところに、薔薇の蔓が無数に巻きついている。当然薔薇の棘が身体中に刺さり血が滲んでいるが、その鋭い痛みにはもう、すっかり慣れてしまっていた。

「ナマエか、早かったね。楽しかったかい?」

 ほんの少し口角を上げて、恋人は微笑んだ。金色に溶けた幼さの残る笑顔はどこか大人びていて、それでいて齢十五歳とは思えぬほどに美しい。こんな美少年がイタリアのギャングスターで、それでいて私の恋人だなんて。正直なところ、なんだか未だに実感が湧かない。幻覚でも見ているのだろうか、といつも口癖のように呟いてしまう。
「…………仕事中ですよね、ジョルノ様。私は一旦、部屋に戻っています」
 私は、彼から目を逸らし、こう告げた。楽しかったか、という問いに答えることはできなかった。

 私は、この薔薇をつけている限り、彼から長い間離れることはできない。だから私は、ジョルノが普段仕事をしている隣の部屋を、特別に宛てがわれている。本当はそれでも少し、落ち着かない。
 正直、他人から見るとかなり優遇―――否、贔屓をされているように見えるだろう。実際、その通りであったのだが。

 失礼します、と言って退室しかけたが、ジョルノに呼び止められた。

「ナマエ」

 彼の優しい声色を聞くと、私はたちまち黙ってしまう。そして私は、彼の方を振り向くしかなかった。ジョルノは立ち上がり、ゆっくりと私の方へと近づいてくる。

「綺麗だ、ナマエ。その白い薔薇がとても似合っている。僕の薔薇を美しく身につけることができるのは君だけだ」

 歯の浮くような台詞で口説かれるのも、もう慣れた。そしてジョルノから「白い薔薇が似合っている」と言われても、嬉しいような、そうでないような、複雑な気分になってしまう。
 私は、ジョルノの言う通りにしか動けないんだなって、そう思ってしまうから。そう思わされてしまうから。

「仕事はもう終わったよ、ナマエ。僕も一緒に君の部屋に向かう」

 ジョルノは、私の髪に触れながらそう囁いた。身体中に巻き付けられた、薔薇の棘がちくちく痛んだ。


 部屋に入り、周りにジョルノ以外誰もいないことを確認すると、私は何も言わずに服を脱ぎ捨てた。たちまち私は、下着と薔薇だけの姿になる。これは、私の部屋で二人きりになった時、いつも行っている、ある種の『儀式』のようなものだ。
 ジョルノは、薔薇の棘に傷つけられた私の肌を、ただただ痛ましそうに眺めた。この薔薇を常に身に付けろと言ったのは、自分の癖に。
「痛いですか」
 ジョルノは何故か、私の部屋で私と二人きりでいる時だけ、部下である私にも敬語を使う。プライベートでは年上の私を敬うということなのだろうか。
「うん、痛いよ」
 そして私も、この時だけはジョルノに親しげに語りかける。自分でもその理由は、よくわからない。
「…………今、治します」
 ジョルノは、この傷をつけたのが自分だと分かっている癖に、自分が使う能力が『治す』力ではないことを知っている癖に、わざとそう言うのだ。いつもそれを指摘しようか迷うのだが、今日もやめることにした。

 ジョルノは、薔薇を手に取った。私の身体に巻き付けられている薔薇の蔓が少しずつ外され、最終的に全て取り外される。私の肌には赤い跡が残り、そして無数の傷口が開いていた。
 そして、『ゴールド・エクスペリエンス』が薔薇に触れると、花弁が枯れ、その中から水滴が現れた。もともとは液体でそれに生命を与えられた薔薇が、本来の姿に戻ったのだ。ジョルノは、その水滴を丁寧にすくい上げる。
 そしてその水滴にもう一度『ゴールド・エクスペリエンス』が触れ、今度は私の身体の『パーツ』を創り出し始めた。

「痛ッ…………!」

 鈍い痛みが、私を襲ってくる。今私は、ジョルノと『ゴールド・エクスペリエンス』に傷口を塞がれているのだが、実際治っているわけではない。傷口が塞がったところで痛みは即座に無くならないし、逆に痛みは増していく。『治す』―――この時の痛みには、未だに慣れることができない。

「痛い、痛いよジョルノ……! こんな、こんなのもうやめて…………」

 毎回そうやって懇願するが、聞き入れられたことはない。喚く私を尻目に、ジョルノは黙々と、私の身体の傷口を塞いでいく。

「かわいそうなナマエ」

 全て傷口を塞いだ所で、ジョルノは小さく呟いた。そして、はらりはらりと涙を流し始める。
 ジョルノが何を思って泣いているのか。何か悲しいのか、何か悔しいのか。私がそれを理解出来る日は、恐らく一生来ない。

「……ジョルノ」

 ああ、またか。私は半分諦めながら、恋人の名前を呼んだ。
 ジョルノは自分の涙を拭い、それを『ゴールド・エクスペリエンス』を使って、見覚えのある白薔薇に変えた。長い長い蔓には、棘が沢山生えていた。

 
 不毛だ。こんなの、何の意味もない。
 私は、薔薇の棘に傷つけられて、痛がりながら帰ってくる。
 彼は、薔薇を使って私の『パーツ』を創り出し、私の傷口を全て綺麗に塞いでしまう。
 でも、治すわけではない。故に、痛みが消えることはない。
 痛がる私を見て、何故か彼は涙を流す。
 そして涙を白薔薇に変え、そしてまた、彼は私の身体に巻き付けるのだ。
 そして、ジョルノの涙から生み出された薔薇は、ジョルノの涙を身体の『パーツ』として生み出された私の身体は、―――それを生み出した『本体』の所に戻りたがるのである。植物の癖に、私の身体を支配しようとする。―――だから私は、ジョルノから、この痛みから、永久に逃げることができない。きっといつか、私の身体は彼だけで構築される日が来ることだろう。

「愛していますよ、ナマエ。終わりなんてないくらいに」

 私は幼さの残る、大人ぶった少年に、優しく優しく抱擁された。温もりが心地よいが、同時に私の身体に巻きついている棘が私の身体に刺さる。鋭い痛みが身体中に走り出したが、悲鳴はあげなかった。

「……私も愛しているわ、ジョルノ」

 私は、終わりという名の始まりに向かって、永遠に歩み続ける。こんな正気でない愛でも、いつかは真っ直ぐに進みたいと願いながら。


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