Side k
ティモの攻略が終わり、次のターゲットも攻略し終えるという時に、裏路地で噂を聞いた。
街一番の男娼が、ついに、と。
その話を聞いた時、足はティモの店へと向かって行った。大丈夫、アイツは簡単に折れるような奴じゃないさ。きっと大丈夫、とそんな根拠のないまま俺は勝手に決め付けていたんだ。
ティモのいる店の中に入ると、顔見知りの男娼が驚いた顔をして近寄ってきた。ティモ程ではないが可愛らしい顔、か細い体つき、普段からの甘い声の男娼で、確かナンバー2だった筈だ。
「よぉ、ティモ空いてるか?ちょっとでいい、話がしたいんだが」
きりっとハンサムな男の顔を作ってからそいつに話しかける。すると、そいつはまさか、と言うような顔をして俺に尋ねた。
「まさか、貴方がキア、さん?」
「ん、そうだけど何か」
何か用?とつなげようとしたのを男娼は無視し、言葉を発した。
「早く、ティモの所に行ってあげて下さい・・・!ティモ、いつもうわ言のように貴方の名前を呼んでいるんです、だから、助けてあげてください・・・」
男娼に案内されて辿り着いたのは店の一番奥の部屋だった。扉越しに、少しだけど聞こえてくるティモの声に、俺は不安を抱いた。まさか俺がティモを放置したから、ティモはこんなになってしまったのか?
彼の渡してくれた鍵で扉を開け、中に入る。場所は変わったが、前のティモの部屋と同じ外装だ。シンプルな家具やカーペットに客がくれた物、そして俺がプレゼントした物。その部屋の隅でティモは毛布に包まり蹲っていた。
「ティモ」
近づき名前を呼ぶとティモはビクッ、と跳ねて、小さく震えながらも毛布の隙間から俺を覗く。隙間から僅かに見えたティモの目は前と変わらず大きく睫毛がとても長かった。しかし、前はあった煌きが、俺をいつも欲情させたあの麗しい煌きが今は無いのだ。恐怖、絶望、堕落・・・そういったもので塗り潰された瞳だ。俺は仕事上、そういうのを何度か見たことがあるから分かる。
「キ、ア・・・」
もう何も無い、空っぽな中から搾り出された言葉で、俺の名前。何度か頷いて頭を撫でてやる。そういや前、ヤってるときにうまくできたらなでてやった事もあったな。
「ティモ」
頭から足まですっぽり包まっていた毛布を剥ぎ、手を握ってみる。もともと細っこいティモだが、もっと痩せたかもしれない。もしそうならカロリーフードでも渡してやろうと思う。だって、娼婦頼んで骨みたいな奴でした!ってなったらヤる気しねぇだろ。
「うぁ、あ、キア・・・!」
ポスン、と小さな風音を立ててティモが俺に寄りかかる・・・いや、崩れ落ちたと言った方が正しいかもしれない。そのままティモは泣きじゃくって、やっと落ち着いたと思った時に口を開いた。
「・・・キア、どうだった僕の演技?こんな大掛かりなイタズラ仕掛けたの初めてだったんだけど、結構リアルだったでしょ?」
・・・つまり、これは全部ティモが仕組んだ事で、本人は全然ピンピンしてる、って事・・・か・・・?
「キア?聞いてる?ねぇ、どうだったのさ?引っかかったの、それとも解ってたの?」
ニマニマと笑みを浮かべながら、ティモは胡坐を掻いている俺に足を絡ませる。
「まぁ、正直引っかかったよな」
もしかしたら街の奴らとあの男娼もサクラだったのか?多分そうだろうと自分の中で自問自答してみる。
「やっぱり?ふふっ、キアなら引っかかると思ってたよ」
・・・キアなら?ちょっと待て、こっちはお前を落としたんだぞ?なんでそんなマヌケみたいに思われてるんだよ。ティモ、ちょっと調子乗ってるよな?・・・悪い子には、お仕置きしなきゃ駄目だよな。
「なんだ、ティモは俺とヤりたいからこんな事したんだよな?大丈夫だ、心配しなくても犯してやる」
心配しなくても犯してやる、と云うのもおかしいが、まぁ気にしない事にしよう。今はどうティモをいじめてやるか、考えないとな。
「・・・キア?ちょっとストップ。確かにちょっと会いたいかもとは思ったけど、ヤりたいとは誰も・・・!」
俺に絡ませていた足を急いで戻し、真っ赤な顔で反撃しだすティモ。まぁ、反撃になんてなってないんだがな。
「俺とヤりたいって、思ってたんだろ?言ってみろよ」
ティモを押し倒し、体重をかけ、動けないようにする。ティモはぱたぱたと手足を動かすが、無駄だと悟ると大人しくなった。ティモのこういう、物分かりのいいところは好きだ。
「誰が、誰とヤりたいって?キア。今だって僕が欲しくて欲しくてたまらない!……んじゃないの?」
にやにや、そんな音が聞こえてきそうなぐらい見事な笑みを返される。そうだ、こいつはこういうやつだった。その細い身体を抱き上げ、お姫様抱っこでベッドまで運んでやる。
「あーはいはい……その通りだよ、お姫様。」
可愛い可愛いお姫様。俺じゃなく、みんなの。
そう呟くと、ティモはムッとした顔で、俺の耳を引っ付かんだ。
「なに。言っとくけど、僕がみんなのお姫様じゃなかったら、キアのお姫様でもなかったんだからね」
抱き上げられたまま不機嫌になったティモのふくらんだ頬が面白くて、いとおしくて、つい顔が緩む。
「……お前やっぱ可愛いな。好きだ。愛してるぜ」
「なっ……な、なに言ってんの!?今さら、……今さら、キアからそんなこと言われたって、僕は」
今日会ってからコロコロと変わるティモの表情が全部、俺だけのものだったらよかったのに。そしたらあるいは、俺もこいつだけのものに。
「……そんな別に、愛してないもん!」
もっとも、俺もティモも理解しているのだ。自分の職業、相手の職業。俺たちには上部だけの言葉なんていらない。身体ひとつあれば十分なんだ。
……だから、愛してないなんて言われても、そんな、それこそそんな別に……傷付いてなんて、ない。
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