幸村くんと真田くんは、部活が終わって職員室に部室の鍵を返しに行ってたらしい。
それにしても、狙ったかのようなタイミングの良さに少し感動してしまった。
柳くんはまたどことなく不機嫌になってしまったし、幸村くんは何やら楽しそうにしている。
真田くんはと言えば、真っ赤になったまま震えていた。幸村くんによると、まだ勘違いしたままらしい。

そんな奇妙な沈黙の中、口を開いたのは柳くんだった。


「名前、帰るぞ」


一言そう言って柳くんは立ち上がった。ぽかん、としている私をよそに教室の戸に歩いていく。
置いて行かれる、とやっと頭が動き出した頃には柳くんはもう見えなかった。私は幸村くんと真田くんに挨拶して、急いで駆け出した。後ろから真田くんが何か怒鳴ってた気がするけれど、それどころじゃない。

柳くんのことだから玄関で待ってくれていると思うけど、今日の柳くんは何かおかしかった。もしかしたら本当に置いて行かれたかもしれない。

そう考えたら、自然と口が動いていた。


「…っなぎく…、柳くん…!」


走りながら、聞こえるはずもない小さな声で何度も名前を呼んだ。
別にいつも一緒に帰ってるわけじゃないし、柳くんが先に帰るのだって珍しいことじゃないはずなのに、どうしようもなく不安になる。
どうやら今日は、私もおかしいらしい。




ドン。
鈍い音と共に衝撃があった。柔らかい壁のようなものにぶつかったようで、痛みはほとんどない。

はっ、と気がつけば目の前には男子のブレザーにネクタイ。
人にぶつかってしまった、と認識するまでに時間がかかった。


「ごご、ごめんなさい!急いで、て…」


謝罪の言葉を口にしながら、相手の顔を見ようと顔を上げた。しかし顔を見た途端言葉に詰まる。

それはよく知っている人物で、今一番会いたかった人だったから。


「…遅い」

「え、あ…ごめんなさい」

「……早く帰るぞ、名前」

柳くんの表情は相変わらず読めない。でも、そっと私の頭に置かれた手の温もりは彼の見えない優しさを形にしているみたいで、嬉しかった。


私が知るあなたの優しさ
「…また明日も、俺に血を飲ませてくれるだろうか?」
「うん、いいよ」
「(案外あっさりだな…)」



20101119
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