「や、柳くん…今の音、何…?」
「外に誰かいるようだ」
柳くんに血をあげている最中、突然教室の扉が大きく揺れた。と同時にガラスが割れたのかと思うほどの音。びっくりして思わず柳くんから飛びのいてしまった。どくどくと激しく脈打つ心臓をどうにか落ち着けようとするけど、どうもうまくいかない。
「そこにいるなら入って来い」
な、何を言ってるんですか柳さん…!
授業をさぼって柳くんと二人きりなんて、見つかったら大変なことになる。それがわからない彼じゃないはずなのに、どうして平然と入って来いなんて言えるんだろう。
「…来ないならこっちから行くぞ」
すっ、と柳くんが立ち上がったときだった。カラカラ、と小さな音を立てながらゆっくりと扉が開いた。そうして見えた銀色に思わず声を失う。
仁王くん。
現れた彼の名を呼んだはずが、声にならないほど掠れてしまっている。緊張なのかそれとも。
「…名前、何してるんじゃ」
「な、何って…柳くんと仲直りしてただけ、だよ」
「うそつき」
一瞬、仁王くんの顔がくしゃりと歪んだ気がした。どうしてそんな、泣きそうな顔するの?
「仁王、名前につきまとうのは止めてくれないか」
「つきまとう?それは参謀の方じゃろ。名前を傷つけたくせに」
「お前の策略だろう。まんまと騙されるところだったぞ」
仁王くんが怒っているのが私にもわかった。それくらい殺気立っている。今にも殴りかかるんじゃないかって不安になる。でも、どうして仁王くんが怒るのかは理解できなかった。
「名前はお前のものではないはずだ。どうしてそれほどまでに感情的になるんだ、仁王」
「参謀には関係ない」
「名前に関係があるなら、俺にも関係がある」
仁王くんの眉間に皺が刻まれていく。怒ってる。いつも余裕を見せるペテン師じゃない、きっと彼の本当の姿。年相応の、思い通りにならないと機嫌を損ねる子供。
「俺は名前の血が欲しいんじゃ、邪魔せんでくれんか」
仁王くんが柳くんから目を離し、私を見た。綺麗な金色に私が映る。こんなに綺麗な目をしてたんだ、と思っていると仁王くんが近づいてきた。また血を吸われるのだと思い、きゅっと目を瞑る。怖い。
でもいつまで経っても独特の痛みが襲ってくることはなく、代わりにやってきたのは頬に触れる優しいぬくもりだった。
「…仁王…くん?」
「…すまんのう、名前」
ちゅ、とリップ音がして、この前とは違い額が熱を持つ。わけがわからないまま仁王くんを見つめていると、彼の顔が視界から消えた。
好きじゃったよ。名前の血も、名前自身も。
耳元で聞こえたその声はひどく悲しげで、優しげで、あんなひどいことをした人とは思えなかった。
「俺のことなんか嫌いでええ。ただ、すぐ忘れられるほど大人でもないんじゃ。だから…たまには血を分けてくれんか」
いやだ、なんて言えなかった。でも、いいよ、とも言えなかった。
柳くんのことが好き。だから血をあげてもいいと思うし、一緒に吸血鬼になって暮らしてもいいとさえ思ってる。でも、仁王くんは?
「だめだよ、仁王くん…。断れないの知ってるくせに、そんなこと言っちゃ」
「ずるいのはわかっとる。参謀と名前が思いあっとるのもわかっとる。全部わかったうえで、名前の優しさに甘えようとしとるんじゃ」
そんなこと言われたら、拒否できないよ。
仁王くんに負けて、わかった、と言おうとしたときだった。今まで黙って聞いていた柳くんが口を開いたのは。
「随分と勝手なことを言ってくれるな、仁王」
「柳くん…」
「俺は独占欲の強い男でな。自分の好きな女が他の男に吸血されるのは耐えられそうもないんだ」
好きな、女?
それって。もしかして。
ぐるぐると柳くんの言葉が頭を回りだす。もうそこからは二人の会話なんて耳に入らなかった。柳くんが好きなのは、もしかして、ひょっとして。そんな期待が駆け巡る。
「や、なぎ…くん…」
「、どうした?心配しなくていい、名前。仁王には牛乳瓶に名前の血を入れて渡すことで我慢してもらうことにした」
「そ、そんなことじゃなくて…」
いやそれも重要だけども!私の知らないところですごい取引されてるし!
でも今はそんなことはどうでもいい。後で仁王くんを説得してなかったことにしてもらうとして、
「さっき、好きな女、って…言ったよね?」
「…ああ、そうだ」
「それって、もしかして」
「…言うつもりはなかったんだがな」
俺は、名前のことが好きだった。ずっと、ずっと前から。
愛でとろける意味がわかった
20130907