(※仁王君がいつになくひどい男です。名前も出てこない女子が出てきます苦手な方はご注意を!)
「雅治…」
「…」
「ねぇ、雅治ってば」
「…なんじゃ」
ああうるさい。どうしてこう女っていうのは一回優しくしてやっただけで付きまとったりするんじゃ。いい加減血が足りんでいらいらしとるのに。
「顔が青いから、きっとお腹空いてると思って、それで」
顔を赤らめて猫なで声を出すこの女をどうしてやろうか。化粧品の匂いがきつくて、血を吸う気も起きん。かと言ってこのまま隣でぎゃいぎゃい言われても困るしのう。
仕方ない。
「…こっち来んしゃい」
後で口直しに名前の血を吸えばいい。そうしよう、と思って名前も覚えていない女の腕を掴む。また女が何か言っているがそんなことはもうどうでもいい。今はこの空腹を満たすことだけ考えよう。
そうやって適当な空き教室を探しながら歩いていると、使われていない教室からふいに男女の話し声が聞こえた。いつもなら、どこぞのバカップルがいちゃついてるんじゃろ、と無視するところだったが声に聞き覚えがあった。男のほうも、女のほうも。
「…名前…と、参謀?」
そんなはずがない。あの二人は俺が引き離したし、名前は俺に堕ちたはず。でも聞こえる声は確かに名前と参謀のもの。喧嘩でもしているのならまだいい。聞き覚えがある、甘い声。吸血の最中の、名前の声。
俺は柄にもなく頭が真っ白になって、その場に立ち止まってしまった。ずきんずきんと胸が痛む。手に入れたはずの名前がまた参謀に盗られた。そう思うといらいらが更に増して、女の腕を握っている手に力が入る。
「ま、雅治っ、痛いよ…!」
「黙れ」
自分でも思ったより低い声が出ていたようで、女の肩がびくりと跳ねた。俺の機嫌が悪い原因がわからないようで、困惑した表情を浮かべている。しかしすぐに声が聞こえることに気づいたようだ。やっぱり、と小さく女が呟く。
「雅治にあの子は似合わないよ。あの子、丸井くんが好きだったくせに、柳くんにも手を出してたんだよ。そのくせに雅治にもちょっかい出して、最低よね」
なんじゃと?
思わず殴りそうになったがなんとか堪える。お前みたいな女に何がわかる。名前の気持ちも、しつこさがない美味な血も、お前なんぞとは全然違うのに。
「だから私、あの子の机の中にね、私の雅治に手を出すなってメモを入れておいたの!」
偉いでしょう、と言わんばかりのトーンに俺の理性も限界だった。
「いつから俺がお前のものになったんじゃ」
女の腕を離し、胸倉を掴む。流石に殴るのは止めたが、ひっ、と小さく女が悲鳴を上げていた。
「お前みたいな奴が、名前の何を知ってるって言うんじゃ。ふざけるのも大概にせんといかんぜよ」
女がまた何か言っている。俺の耳には何一つ届かない。さっきから聞こえているのは名前の声だけ。
「俺が本当の吸血鬼になる前に、消えてくれんか」
牙と爪をちらつかせば、女は怯えたように泣きながら走っていった。
怒りはまだ収まらない。どこにぶつければいいのかわからずに、思わず空き教室の扉を殴りつけてしまった。
「、誰かそこにいるのか」
聞こえた声はやっぱり参謀だった。
残酷な君は絶望を知る
20130904