休み時間に、もう一度あのメモを見る。
<私の雅治はあんたなんかに渡さない>
これ…いったい誰が書いたんだろう…。仁王くんに彼女がいるっていうのは聞いたことなかったような気がする。…一緒にいる女の子が見るたび違うっていう噂があるにはあるけど。
きっと、今まで仁王くんに血をあげてきた子の一人なんだろうな。
別に私は仁王くんが好きなわけじゃないのに…。でもこの子は仁王くんが好きだから、血をあげてたんだろう。それを私みたいなふらふらしてる女に取られたんじゃ、報われないよね。
「…弁解するにも、誰かわかんないし…」
向こうから直接何か言ってくるまで待とう。そうしよう。
そう決めて、そのメモをペンケースの中に仕舞った。
そうして、ふう、と一息ついたところだった。視界の端に男子のブレザーが映り、頭上から声が降ってきた。愛しい、あの声が。
「名前、」
「、柳くん…!」
仁王くんじゃ、ない。本物の柳くんだ…!
でも、どうして?私のことをからかいに来たの?
思うことはたくさんあるのに、言葉にならない。ぽかんとした情けない顔で、ただただ柳くんを見つめることしかできない。
「昨日は、…少し言い過ぎてしまった。すまない」
「そ、そんなこと、ないよ。私…最低、だよ」
「俺は、三年間お前の最も仲の良かった友人だと自負している。名前のことは誰よりも理解しているつもりだ」
何か、理由があったのだろう?
そうやって優しく微笑んだ柳くんを見て、目頭が熱くなるのを感じた。嬉しくて、どうしようもない。わかってくれた。理解してくれてた。せっかくの柳くんの好意を無駄にしてしまったのに、また私のことを気にかけてくれた。
たとえそれが、友情でしかなくても。
「…ここじゃ、ちょっと…」
「…そうか、なるほどな」
「え、わかっちゃったの?」
「いや、全てではない。…次は世界史だったな?」
そうだよ、と私が返事を聞く前に、柳くんは私の腕を掴んだ。
何が起こったのかよくわからず、目をぱちぱちとさせていると柳くんが歩き出した。
「え?え?」となんとも情けない声を出しながら、私は柳くんに引っ張られるがまま、足を進めるしかなかった。
「柳くん、ここ…」
「ああ、空き教室だ」
「次の授業、さぼるの?」
「授業より名前の方が大切だからな」
「…!」
柳くんはずるい。私の気持ちに気づいてるの?って言いたくなるくらい、私の欲しい言葉をくれる。昨日の柳くんとは違う、優しい声で。
私は爆発しそうになる頭をなんとかフル稼動させながら、柳くんに説明する。
仁王くんが吸血鬼だってこと。私の血を気に入ったらしいこと。ブン太くんへの本当の気持ちと、本当に好きな人がいることに気づいたこと。
でも流石に「それは柳くん、あなたです!」なんてことは口が裂けても言えないわけで。どうにか誤魔化したけど、柳くんなら気づいてるかな…。
「まさか仁王が俺と同じ吸血鬼だったとはな」
「柳くんなら気づいてると思ってた…。だからあのとき、電話で訊いたんだけど…」
「予想していなかったと言えば嘘になるが、確率は極めて低いと思っていたんだ」
「そうだったんだ…」
「…確認するが、」
「ん?」
「お前は仁王と付き合い始めたわけではないんだな?」
その問いかけに、素直に首を縦に振った。すると柳くんはふ、と微笑んで、小さな声で「良かった」と呟いたような気がした。
聞き間違いじゃないなら、ちょっとは期待してもいい、のかな。
本当に、柳くんはずるいよ。
貴方の言葉一つで
20130101