「ごめんなさい、私…ブン太くんとは付き合えない…」

「…マジで言ってんの?」

「っ、ごめんなさい!」

「…その、悪かったな。名前は気にすんなよぃ」


次の日。私はブン太くんに返事をした。ほんとはなかったことにしようかと、ずるい考えが頭に浮かんだ。だからこうしてブン太くんに優しい言葉をかけてもらうことも、ましてや優しく私の頭を優しく撫でる手も、全部全部もったいない。


「じゃあ、またな」


にっ、と笑ったブン太くんの顔が私の心臓を掴む。胸が痛い。柳くんの笑顔と比べてしまっている自分がいることに気づいて、また泣きそうになる。
ブン太くんがいなくなって暫くすると、物陰から白い髪が顔を覗かせた。

「よう言えたのう」

「…仁王くんが言えって言ったんでしょ」

「責任転嫁はよくないぜよ」


ゆっくりと私に近寄ってくる白い吸血鬼が、今は私の心の支えだった。全ての原因はこいつにあるのに。それでも今はすがっていたかった。


「名前、」


いつの間にか目の前に来ていた仁王くんに、甘い低音で名前を呼ばれた。こうして何人もの女の子の血を吸ってきたのかな。結局私も、その中の一人で、他の子よりも気に入られているだけ。
ぼんやりとそう思っていると、唇に温もりを感じた。あ、と思うころにはそれが痛みに変わる。

これが柳くんだったら、なんて考えてる私はやっぱりずるい。







教室に帰って授業を受けても、まともに内容が頭に入ってこない。斜め前にいる柳くんが気になって授業どころじゃないのだ。あんなに近かったのに、今はこんなにも遠い。
ふいに、柳くんがこちらを向いた気がした。でも、またすぐに前を向いたから、私を見たわけじゃなかったのかもしれない。そう思うとまた胸が痛くなる。私が好きなのは柳くんだけなんだよ、と叫んでしまいたい衝動に駆られる。


「、え…?」


カサ、という紙の音で現実に引き戻された。
どこから回ってきたのかわからないけど、何かのメモみたい。綺麗に折りたたまれている紙をゆっくりと開いた。


「っ…!?」


そこには可愛らしい字体で

<私の雅治はあんたなんかに渡さない>

そう書かれていた。





不穏なカゲ



20121228
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