「名前か?今、どこにいる」

「…家だよ」


心地よい低音が私の鼓膜を震わせる。
でも、いつもの落ち着いた音じゃない、どこか焦りを感じさせる音。


「ひとりで大丈夫だったのか?送っていこうと思っていたのだが…」

「ごめんね。てっきり先に帰っちゃったんだと思って」


そうか。ならいいんだ。
そうやって小さく笑う彼に、さっきまでの不安がすっと消えていく気がした。


「あのね、柳くん」

「何だ?」

「仁王くんって…普通の人間、だよね」


訊いた後に、少しの沈黙が訪れた。
でもそれも一瞬で、すぐに電話の向こうで笑う柳くんの声が聞こえた。


「確かにあいつは変わり者に見えるかもしれないが、ごく一般的な人間だと思うぞ」

「そう、だよね…」


柳くんは知らないんだ。
仁王くんが、彼と同じ特異な人間だということを。


「…あ、あのね、柳くん」


告げていいものか。ここで言ってしまえば、もしかしたら、仁王くんから守ってもらえるかもしれない。
それ以前に、どうせこの吸血の痕を見られれば、聡明な彼は気づくだろう。

でも。


「私…、もう柳くんに協力できない…」


好きだって、気づいちゃったから。
柳くんに女の子として見てほしい。ただの餌場でなんて、もういられない。

それに、何より。
仁王くんとの間にあったことを、知られたくない。


「ごめんね…」

「っ、名前!」


私は、逃げるように通話を終わらせた。




遅すぎた恋心
柳くんの私を呼ぶ声が
まだ、耳に残ってる



20120407
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