走った。
走った。
走った。
無我夢中で走って、どこをどう帰って来たかもわからなくなっていた。
それでもどうにか家まで辿り着いた私は、家に入るなり玄関の戸に鍵をかける。
流石に、ここまでは追ってこないだろうか。
ふとそんな考えが頭をよぎるが、すぐに振り払った。
万が一、という可能性も捨てきれない。
「…どうしよう」
不幸中の幸いとでも言おうか、明日は土曜日だ。
でも、もし月曜日にまた仁王くんに会ってしまったら…どうしよう。かと言って学校を休むわけにもいかない。
あれこれと考えながら自分の部屋に向かう私の足取りは、とても重かった。
部屋に入り、制服から私服に着替える。
そのとき、ふと姿見に映った自分の姿が目に入った。
「…何、これ…」
私は首筋のソレに、そっと触れた。
いつもならひとつしかないソレが、ふたつ、ある。
「柳くんの、と……仁王くん、の?」
噛み痕。
歯形のようなものではない、並んだ小さなふたつの穴。
それがいつもはひとつしかないのに、今日はふたつあった。
いつの間にか、飲まれていた。
そう気づいたとき、ようやく先刻の仁王くんが言った言葉の意味が理解できた。
―…この味を知ったら、もう他の血が飲めなくなる。
飲んだんだ、仁王くんは。
私の血を。
疑惑が確信に変わった瞬間だった。
途端に、どうしようもなく自分の体が気持ち悪くなる。
「…早く、寝よう」
お風呂も、ご飯も、どうでもよくなった。
一刻も早く楽になりたかった。
服を着て、ベッドに潜り込む。
先程から握り締めていたらしい手元の携帯を見れば、知らない間に着信が一件あったようだった。
誰だろう、と考えながら携帯を操作すれば、すぐに表示される名前。
その名前に、どく、と心臓が音を立てた。
―…柳、くん。
私は、ゆっくりとボタンを押した。
プルルル、と聞き慣れたはずの電子音が、ひどく鬱陶しい。
早く、早く。
暫くして、もしもし、と彼の声が聞こえた瞬間、安堵すると同時に私はやっと気づいたのだ。
きっとこれは
あぁ、そうか。
私は、柳くんのことが好きなんだ。
20110831