「……どうしましょう」
やってしまった。
僕は信号待ちをする間、本日通算24回目となる深い溜息をつく。
先程綱吉と口論になり、売り言葉に買い言葉で『別れる』とまで言ってしまった。
そのまま勢いで当てもないのに家も出てきて、今に至る。
僕としたことが浅はかにも程がある行動。おかげで後悔しまくりだ。
「綱吉は本気なんでしょうか……?」
それが一番の心配だった。
僕の世界は彼が全てなのに。
これが原因で本当に別れて、ただのボスと守護者の関係に戻ってしまうなんて耐えられない。
そうなったらもう世界大戦するしか……
「いやいやいや落ちつけ僕」
その前に今夜の宿を確保しなければ。
話はそれからだ。
「こんばんは。一晩泊めなさい。」
チャイムを13連打したところでようやく出てきた千種にそう告げると、彼は少し間を置いて「どうぞ」と迎え入れた。
どうせ『めんどい』とでも思っているのでしょう。いくら面倒でも泊めてもらいますけど。
「…何かあったのですか?」
「綱吉と喧嘩して『別れましょう』と言って出てきてしまいました。」
「……そうですか……」
さっさと居間に入り、ソファーに座って嘆息する。
「…ただハンバーグが食べたかっただけなんですが」
「何故ハンバーグ……」
「今日任務で接待していたとき、不味いハンバーグを食べさせられましてね。口直ししたかったんです。」
あの手の毒にはとっくの昔に耐性が付いているし、問題はないのだが、色々な意味で不味いものは不味い。
だからどうしても食べたいとねだったのだ。
自分で作れとか言われたが、綱吉のでないと意味がない。
絶対にその方が美味しいですし。
「骸様はボンゴレと別れるつもりはないのですよね?」
「当たり前ですよ! 綱吉と別れるなんて……そんなの決して認めません。世界大戦してでも阻止します。ボンゴレも何もかも全て壊してやりますよ」
僕が欲しいのは綱吉だけだから。
何をしてでも別れるなんてさせるものか。
これまでもこれからも、永遠にあの子は僕のものだ。
たとえそれを彼自身が望まなくても。
「それなら早く謝って仲直りした方がいいと思います。」
「……そう簡単に許してくれますかね?」
綱吉が本気なら、策を練って罠を張って逃げられないようにしてから拉致・監禁がベストだと思うのですが。
「ボンゴレもおそらく本心から骸様と別れたいとは考えてないと思いますよ。骸様と同じように、一時的な熱が冷めたら後悔するのではないかと」
そうでしょうか……
まあ、それを信じてみるのも悪くはないかもしれませんね。駄目だった場合でも、策を練って罠を張って(以下略)すればいい話ですし。
最悪の結果も考えた上で、試してみましょうか。
「……そうするとしても、今夜中に帰るのはまだ熱が冷めていない可能性が高いので、やっぱり泊めてください」
「分かりました。」
「ん……」
うっすらと目を開けると、見慣れない天井。
ここは……ああ、千種に客室のベッドを借りていたのでしたね。
軽く身じろぎして起き上がる。寝起きはかなりの低血圧な自分には珍しいほど目覚めがよかった。
不思議に思いながら時計を確認する。
現在の時刻、11時59分。
…………。
「ちっ千種ああぁっ!!」
借りた寝巻のまま居間のドアを勢いよく開ける。
千種はソファーに座ってテレビを見ていた。
……そんな暇があるなら僕を起こしなさい!
「おはようございます、骸様」
「おはようじゃありません! 今昼じゃないですか!」
「そうですね、こんにちは」
「そういう話ではなく! 何故こんな時間になるまで起こさない!?」
「骸様、10年前から寝ているときは起こすなと言うので……」
「そんなの時と場合によりますよ!! ああもう、朝一で謝りに行く予定だったのにっ」
予定が狂った。急がなければ。
素早く着替え千種のマンションを出て、駐車場の車のエンジンを入れる。全速力で車を走らせること数分、信号に引っかかることもなく(というか引っかかっても無視しますけど)ボンゴレのアジトについた。
…いてくれるといいんですが…
すぐに車を降りてボンゴレ十代目の執務室へ向かう。
本当に、すぐ許してくれますかね?
今さら不安になってきて、それを振り払うように首を振った。
ああ、僕らしくもない。
拒絶されるのが怖いなんて。僕も随分弱くなりましたね。
自嘲するような笑みを浮かべ曲がり角に差しかかったそのとき、ちょうど向こうからやってきた相手とぶつかってしまった。
「わっ! ご、ごめんなさい!」
「いえ、僕も不注意で……」
内心では舌打ちながらも、表面上は穏やかに振舞う。
命知らずですね。何処のどいつでしょう? 後でしっかり報復を……
だがそこで思考は停止した。
何故なら、その僕を見上げた相手は、
「骸……?」
「綱、吉…」
僕が会いに来た人物だったから。
予想していなかった事態に立ちすくんでいると、彼が何か言いたげに口を開いた。
そこで我に返る。
嫌だ、言わせたくない。僕を否定する台詞など。
その唇から言葉が音となってこぼれおちる前に、自分の唇でそれを塞いだ。
「んっ!?」
綱吉が身動きしたが気にせず、何度も角度を変えては舌を絡め取る。
五分ほどしてから解放すると、綱吉は頬を染め浅く呼吸を繰り返していた。
可愛い。
やはり失うなんて考えられない。
瞳を閉じ、彼を強く抱き締めて耳元でささやく。
「む、く…」
「すみませんでした」
一度口に出すと、言いたい言葉は次々に浮かんできた。
「僕が悪かったです。もう我儘言いませんから……別れるのだけは止めてください。君に触れられないと考えただけで気が狂いそうだ」
自分の手が震えているのを感じたが、どうでもいいと思った。
ねえ、これが僕の本音ですよ、綱吉。
伝わりましたか?
それとも案の定、拉致・監禁パターンですか?
僕、本当はそんなのしたくないんですが。
だってきっと君の笑顔が減ってしまう。
決めるのは君です。どちらですか?
「…お前から『別れる』って言ったくせに」
しばらくして聞こえてきたのは『沢田綱吉』ではなく『ボンゴレ十代目』の冷たい声で。
……駄目か。
千種、違ったじゃないですか。罰として後で八つ当たりしに行きますからね。覚悟しておきなさい。
さてと。拉致する際の逃走ルートを考えなくては。
いや、その前に最後ですし、誤解は解いてからにしましょう。
「本気なはずがないでしょう。……君は本気だったのですか?」
ええ、本気なんですよね。知ってますよ。だから早くこちらを向きなさい。眠らせて差し上げま……
「んなわけないだろ」
六道を発動させようとしたとき、彼に抱きつかれた。
!!!???
え? 何ですか? この状況。
綱吉は僕のことを許していないんじゃ……
幻覚ですか? 夢ですか? 僕としたことが…いやでもそんな……!?
パニックになっていると綱吉がさらに混乱させるようなことを言う。
「オレだってお前と別れるなんて絶対やなんだからな。…ったく、今日お前のせいで仕事全然できなかったんだけど。どーしてくれんだよ」
…………。
現実ですよね。
となると、さっきのはただの嘘で今のが本音……?
しかも今の台詞の要点をまとめると……
「……それは、仕事中も僕のことが気になって仕方なかったと?」
そう言っているように聞こえたのですが。
すると彼は瞬時に顔を染めて横を向く。
「分かってて訊くなバカ」
マジですか!!?
もしかすると執務室を離れてこんなところにいたのも僕を探すため……?
どうしよう。嬉しすぎる。
先程本気で拉致計画を立てたことも忘れ、目の前の相手が愛しくて堪らず思い切り抱き締めた。
「クフ。愛してますよ、綱吉」
「……そーゆーのは最初に言えよ」
今なら幸せすぎて死ねそうだ。
綱吉の何もかもが可愛い。大好き、愛してる。
ああもうここで押し倒していいですか?
そんなことを考えたのが伝わったのか、彼が身を離してしまった。
……残念。
「今日確か任務なくて暇だっただろ? なら、仕事手伝ってくれない? まだノルマ終わってないからこのままだとリボーンにどやされそうだし」
……おや? これはもしかしてお誘いですか?
クフフ、綱吉も素直じゃありませんね。
「いいですよ。ちなみに終わらせたらイチャイチャしてもいいですよね?」
期待しながら返事をすると、直後にあっさり切り捨てられた。
「お前の態度次第だな。」
……そんな。仲直り記念に少しくらい甘やかしてくれてもいいじゃないですか。
「…でもまあ、手伝ってくれたら今日の夕飯はちゃんとご希望通りにするよ」
よしっ!
それなら俄然やる気も出るというものです。
「クフフ、約束ですよ」
「うん。……じゃあ、行こうか」
綱吉が僕にむかって手を差し出す。
滅多にない光景。一瞬目を見開いて……それから微笑して手を重ねた。
その翌日。
「師匠ー」
「おや、おチビ。久しぶりですね、何かあったのですか?」
「いえ別にー。ただ、ちくにーさんから師匠とボンゴレが破局寸前までいったって聞いたのでー、こっちに来たついでに様子見に来ましたー」
「クハッ世迷言を。僕と綱吉が破局なんてそんなことあるわけないじゃないですか! 僕達はラブラブですよ。昨夜も綱吉は……」
「あ、もういいです分かりましたスイマセン」
End
痴話喧嘩の骸視点。骸さんはこれでデフォルトです。
この二人(特に十年後)は第三者の手助けがないとなかなか仲直りできないと思うんです。
ツナは優柔不断、骸はひたすら暴走しまくるんじゃないかと。……そんな二人が好きだ!
オチはフランでした。
フランの毒舌もバカップルには通用しないでしょう。
up:2011/09/24