short | ナノ

「骸!」
「……はい?……っと、」

 名前を呼ばれて振り返ると同時に勢いよく飛び付いてきた相手を受けとめる羽目になった。顔には出さないものの心底驚いたが、彼――沢田綱吉はこちらを気にせずぎゅうぎゅうと抱き付いてくる。むしろ、幼子のようにしがみ付かれている、と表現した方が正しいかもしれない。
 ……いいんでしょうか。ここ、一応廊下で人通りもそれなりにあるのですけれど。あとで部下の士気が下がるだの何だとかいうのでアルコバレーノからお叱りを頂くのは御免被りたいですね。
 そんな僕の内心を知ってか知らずか、綱吉は離れるそぶりもなくそのままの姿勢で僕を見上げて口を開いた。

「よかった、やっと見つけた〜……お前、どこ行ってたんだよ。探したんだからな」
「はあ、すみません……何かありましたか?」
「いやそういうわけじゃないんだけど……骸に仕事!」

 急を要する事態にでもなったのかと一瞬身構えたが、それをにっこりと笑って否定した彼が、片手でスーツのポケットから折りたたまれた紙を取りだした。…………またですか。僕は昨日ようやく任務から帰って来たばかりのはずなのですが。

「最近、前にも増して人使いが荒くなってきていませんか、君」
「んー? そうかな。でも今回だけはどうしてもお前に頼みたいんだよね」

 ? どういう意味なのか。
 疑問に思いながら受け取ったそれを開いて目を通す。懸念はさらに深まった。

「……ただの君の護衛じゃないですか。招待客のリストを見る限りそこまで危険な相手が来るパーティでもないようですし、別に僕が行く必要はないと思いますけど」
「何だよその言い方。嫌なのかよ。最近はめっきり減ってきた恋人と一緒の任務だぞ、もう少し有難がれ」
「それよりも今は疲れの方が溜まってましてね」

 休ませてください。
 素直にそう言うと、綱吉はあからさまに不機嫌そうな顔をする。それでも背に回された腕の力は緩まず、もはや意地になっているように思えた。

「……骸のバカ」
「元はと言えば君が立て続けに仕事を持ってくるのが悪い。しかも面倒なものばかり僕に回して」
「うぅ……そりゃそうだけど、でもホントこの件だけだからさー、それに終わったらまとめて休暇取らせてあげるからさー……つーかこれどこ行くか見たか? ハワイだよハワイ! オレ、南の島でキャッキャウフフしたいんだよ!! 骸と! こーゆー機会に乗じないとなかなか行けないし……」
「君ね、20代半ばにもなってキャッキャウフフって……まあ見た目は10代ですが」
「いいだろ別に! あと見た目についてはもう言うな!! 気にしてんだぞ!」

 くそ、オレだって、などと俯いてぶつぶつと言い始めた綱吉に心の中で思わず苦笑して、それから仕方ないといった風に溜息をついた。大体、彼の我儘に逆らえた試しは一度もない。自分でも甘いとは思うけれど、最後には決まって僕が折れてしまうのだ。

「……分かりましたよ。ちゃんと休暇くださいね」
「よっしゃ! ありがとっ」

 そう口にした途端、彼がパッと顔を上げる。毎回毎回彼の意のままになるのは気に食わないが……もうどうしようもないと諦めた。
 ああ、でも、

「一つだけ条件があります」
「…………何?」

 警戒するように彼が聞き返す。内心は少し複雑だ。そんなにひどいことを言いだすような人間に思われているんでしょうか。僕も昔よりは大分丸くなりましたし、少なくとも君には優しくしているつもりですよ。もう一度嘆息したくなった。

「そこまで難しいことではありませんよ。ただ、僕が休むのに合わせて君も休暇を取ってください。スケジュール詰めればできるでしょう?」
「え……まあ確かに最近そのパーティ以外に大きい会談とかはないし、頑張ればできるかもしれないけど……」
「ならそれでいいですね」

 にっこり、彼が好きな笑みを浮かべると、綱吉は言葉に詰まり少し間を開けてから赤くなった顔を隠すように僕の胸に顔を埋めて答えた。

「はーい……うわ、じゃあ早めに準備しなきゃ……でも何で?」
「南の島、連れて行ってあげようかと思いまして。」
「……は? だから任務で行くって……」
「他の場所でも構いませんよ。言ってくだされば」
「……?」

 まだピンと来ていない様子の彼。何でこんなときばかり鈍いのか。お得意の超直感はどうしたといつも言いたくなる。

「わざわざ仕事なんかじゃなくても、どこへだって連れて行ってあげますから」

 南の島だろうが日本だろうがボンゴレの手が届かない場所だろうが、お望みのままに。
 仕事だとか任務だとか、そんな口実なんてなくていいのだ。君はボスで、僕は君の守護者だけど、それ以前に恋人だから。
 ……本当、こういったことに関して妙に遠慮するのは10年以上前から変わっていない。

「全く……それくらい普通に頼んでくださいよ。ボスなんて権力使わないで」

 顎をすくって上向かせ、ちゅ、と頬に唇を寄せたあとその表情を窺えば、彼は熱でもありそうなくらい真っ赤になり、はにかむように笑って、

「……オレを甘やかせるのは骸だけだね」

 そう呟いてから首元に腕を絡めて引き寄せ、お返し、とキスをした。


End




肝心なところで甘え下手な人と、何だかんだで甘やかす人。

raddolcendo〔伊〕 (ラッドルチェンド) …優しく, 柔らかく, 甘く
引用:音楽用語集

フリーですので、お気に召しましたらお持ち帰りくださいませ。

up:2012/07/28

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -