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 土曜の午後、黒曜ヘルシーランド。
 骸がソファーに横たわりくつろいでいると、廊下からバタバタと足音が聞こえた。
 どうせ犬あたりが走りまわってるのだろうと深く気に留めなかったが、その足音がだんだん近づいていることに気付き、首を傾げる。
 この時間自分の邪魔はしないように言っているはずなのに――

「骸!!」
「?!」

 そして静寂を破り、バン!と壁に叩きつけられるようにして開いたドアに、骸の肩が思わず跳ねた。
 読んでいた雑誌を閉じ、恐る恐る起き上がって音がした方に目を向ける。すると、そこには仁王立ちした恋人の姿があった。

「……ど、どうしたんですか綱吉……」

 いつもは骸の方が会いに行くから、綱吉からこちらに来ることはあまりない。それに今日は何も約束はしていないはずだ。
 ……もしかして、僕は何か彼を怒らせるような事でもしたのだろうか。まさか……そろそろ盗聴していたことに気付かれた……?
 内心冷や汗を流しながら頭をフル回転させて言い訳を考えていると、綱吉が早足でソファーに近づいてきて、手にしていた袋を骸の前に突き出した。

「はい。……さっさと受け取れ!」
「……これは……?」
「ケーキ。ちゃんとチョコのヤツだよ。ナミモリーヌとかじゃなくて母さんの手作りだけど……あ、オレも少しは手伝ったんだからな!!」

 そう言って、骸が受け取ったのを確認すると綱吉は照れたように顔を背ける。
 珍しいこともあるものだ、と骸は思った。ときどきおにぎりやおかずを持ってきてくれることはあったが、ケーキなんて初めてだ。しかも、綱吉も作るのを手伝ったと言う。不器用な彼が自分の為に……?
 自然、口角が上がった。

「ありがとうございます、綱吉……嬉しいですよ」

 できる限り優しい笑みを浮かべて礼を言う。だが、綱吉はそれに対して勢いよく首を振った。

「ううん、全然……つーか気付いたの昨日の夜でさ、これしか用意できなかったから逆にごめんというか……だ、だからオレ今日は骸の言うこと何でも聞くから!! よっぽどのムチャ振りは止めてほしいけど……」
「……?」

 しゅん、と俯いたかと思うと急に顔を上げて宣言した綱吉に、骸はつい瞬きを繰り返した。
 ……今日って何か特別な日でしたっけ……?
 心の中で首を傾げる。
 でも、そんなことどうでもいいですね。せっかく彼が何でもすると言っているのだから、せっかくの機会を利用させてもらわない手はないでしょう。

「そうですね……では、一つお願いがあるんですが」


***


「……はい、あーん」
「……ん、」

 美味しいです、と囁くと、隣に座る綱吉は朱を注いだように頬を染めた。
 落ち着かなげに視線を泳がせ、膝を擦り合わせる仕草は大変可愛らしく、まるで少女のよう。そう見えるのは今身につけている服のせいもあるだろうが。

「綱吉」
「…何だよ」
「やっぱり、その格好大変お似合いですよ。思った通りだ」
「……うっうるさい言うな!! オレだってこんなの……あーもーホントに今日だけだからな!」

 綱吉がその極端に短いカーキ色のスカートの裾をつまみながら叫ぶ。着ているのは黒曜中の女子制服だ。以前彼だったら似合うだろうと用意しておいた甲斐があった、と骸はひそかにほくそ笑んだ。
 骸が頼んだのはその服を着て自分にチョコレートケーキを食べさせること。普段の綱吉なら恥ずかしがって絶対にしないようなことだが、彼は戸惑いながらも骸の言ったとおりにしていた。また、ケーキの出来栄えも文句のつけようがない。最高だ、と笑みを深める。
 ですが、彼はどこまで許してくれるのでしょうか。『特別な日』というだけで。
 ふと悪戯心が鎌首をもたげた。

「ねえ……僕の上に乗った状態で食べさせてくれません?」
「……へ?」

 唐突に口にした台詞に、ケーキを差し出そうとしていた綱吉の手が止まる。

「ああそうですね、膝の上に座るような感じでお願いします」
「え、な、何で?!」
「その方が君との距離が近づくでしょう? 僕は、もっと君を傍に感じたい」

 ね?と耳元に囁いてやると、うう、と呻く声が漏れた。
 熟れた林檎ですらここまでは赤くないだろうと思わせるほど、赤く染まった顔が骸を見る。

「お前、マジでずるい……ったく、」
「え、本当にしてくれるんですか?」
「……お前がしろって言ったんじゃん」

 ケーキの皿を置き仕方ないと腰を浮かせようとした彼に、思わず口が滑った。
 試しにちょっと無茶を言ってみただけだったのですが。まさか、本気で?

「……別に、嫌なら無理する必要はありませんよ。今日が何の日だか知りませんが、そんなに僕に尽くす必要は……」
「……は?」

 綱吉がぽかんとした表情を浮かべ、骸もそれにつられる形できょとんと眼を開く。

「……綱吉?」
「いやいやいやいや……え? 今のお前本気で言ってんの?」
「何か僕おかしなこと言いましたか?」
「『今日が何の日だか知らない』って……」
「ああ、はい。ケーキが食べられて、君がお願いを聞いてくれる日だってことは分かったんですが」
「今日お前の誕生日だろうがああああああ!!!」

 あ。そう言えば。
 骸が素で返すと、綱吉はゴン、と頭をソファーにのめり込ませた。

「ちょ、大丈夫ですか?!」
「あーもー骸のアホナッポー!! オレの今までの苦労やら羞恥心やらを返せええええ!!!」
「ナッポー呼ばわりは心外ですね」
「そこ?! お前そこは食いつくのかよ?!!」

 頭を抱え込む綱吉をまあまあ、と宥める。すると溜め息が聞こえて不機嫌そうな瞳が骸を見据えた。

「つーか何で自分の誕生日忘れてんの。あと何でそれ忘れてんのにオレが言うこと疑問に思わないで、フツーにお願いとかいってこんなカッコさせてんの」
「綱吉のサービスデーか何かかと思いまして。利用できるものなら僕は何でも利用します。」
「……六道骸らしい回答どうもありがとう。で、もう一個の質問の答えは?」

 そう問われて、骸は少し考え込む。
 ……何というか、

「……僕自身特別この日を意識したことがないので忘れていた、ですかね?」

 自分がこの世に生を受けた日、それだけだ。また一つ年を重ねていたのか、ぼんやりと思う程度。
 骸にとって誕生日はそういうものだった。少なくとも今までは。

「……それ、骸にとって今日は特別な意味を持たない日、ってことか?」
「まあ、そんなとこでしょうか」
「……っか」
「?」
「骸のバッカヤロ――――――ッ!!」

 耳元で大声を出され、思わず耳を塞ぐ。
 呆気にとられて綱吉を見ると、ひどく怒っているのが雰囲気で分かった。

「……つなよ」
「お前は本っっっ当にバカだ。アホだ。ばーかばーかばーか」
「……君にバカなんて言われたら終わりなんですが」
「勉強の話じゃなくて、もっと根本的なとこなんだよ。自分が生まれた日だぞ? それを意識してない意味なんてないとか……そんなに自分を否定して何が楽しいんだか」
「でも、僕は」
「もう黙れバカ」

 何度目か分からない暴言を吐いてから、綱吉が一つ深呼吸してからまっすぐに骸の目を見て告げる。

「意味ならオレが作ってやるから」

 目を見開いた骸に、綱吉はにっこりと笑った。
 そして自信ありげに、宣誓するように口を開く。

「今日はオレが思いっきり骸を甘やかす日! それでいいだろ?」

 それを聞いてたっぷり三秒の間の後、骸が噴き出した。

「くっ……くははははははは!」
「んなっ?! 何で笑うんだよ!? オレ今真面目に言ったんだけどっ」
「く、くふ、……いや、別に馬鹿にしたわけではなくてですね……」

 君は本当に甘いなあと。
 呟いた声が耳に届くと同時に、綱吉の唇に柔らかい感触。
 ふに、と押しつけられたそれが離れてから、ようやく何をされたのか気付き、口をぱくぱくと開閉させると骸が一層おかしそうに笑った。

「ほら、やっぱり君は砂糖菓子みたいに甘い。その唇も、簡単に隙を見せてしまう性格も。これ以上甘やかしてくれるんですか? そんなことしたら、君も僕もドロドロに溶けてしまいそうだ」
「それは話が違うだろ……っ!」
「いいえ、違いませんよ。……ねえ、ちゃんと責任は取ってくれますよね?」

 今日は思いっきり甘やかしてくれるんでしょう?
 意地悪く訊けば、綱吉はまた嘆息して観念したように骸の首に腕を回した。

「はいはい、お望み通りに」

 お前に今日という日の意味をオレが与えよう。
 まずは、とびきりの甘いキスを。




Buon compleanno!


End



骸さん誕生日おめでとう!!
遅刻すみません本当にorz

up:2012/06/16

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