「……そろそろ、いいですか?」
「まだ。足りない。」
軽く身じろぎすると逃がさないとでも言うように、彼が僕のスーツを握りしめた。
ああ、皺ができてしまう。下ろし立てだったのに。
まあどうせ僕の金で買ったものではないので、そんなことはどうでもいいですが。
「……骸、」
「はい」
「もっとぎゅって、してよ」
骸以外見えないように。聞こえないように。
顔を上げて、縋るような表情でそう言う綱吉。
その通りにすると、やっと安心したようにまた額を僕の胸に当てた。
「骸の、音」
どくん、絶え間なく鼓動を打ち続ける心臓に耳を寄せ、柔らかな笑みを浮かべて。
いつからだろうか。ときどき綱吉がこうなってしまうようになったのは。
頻度は不規則だが、平均すると月2回くらいか。
ふらりと僕の部屋に現われ、ただ抱き合って心音に耳を傾ける。
口付けを交わしたり、身体を重ねたりするわけではない。
本当に、それだけ。
「……ん。あといい。ありがと、骸」
「いえ……」
先程までしがみついていたのが嘘のようにあっさりと離れていく彼に、いつも口に出さなかった台詞が滑り落ちてしまった。
「ねえ。あれには、何の意味が?」
問いかけたところで、ちゃんとした返事が返ってくるなんて思わなかったけど。
その行為は無意識のうちに行っているように思えたから。
まるで、儀式的な。
「……確認、かな」
振り向いた彼が紡いだのは予想とは違った言葉。
「確認?」
「そう。オレがオレである確認、ボンゴレボスとして守るモノの確認、お前が生きているって確認。」
不安になるんだ。ときどき。
全部全部、訳が分からなくなって。
真っ暗闇の中、一人で立ってるような気持ちになる。
「そのままだとキャパ超えちゃうから、解消するために確認すんの。そうしないと、駄目なんだ」
苦笑して、また歩を進めようとする綱吉を、後ろから抱き締めた。
「綱吉」
「ん?」
「もう少し、こうしていましょう」
「……さっき、さっさと離れろみたいな態度だったじゃないか」
「クフフ、すみません。でも、先程忘れていたことがあったので」
一呼吸間を置いた後。彼が好きな低音で、耳に注ぎ込んでやる。
「僕にも君の音、聞かせてくださいよ」
今言ったことがどういうことか君はちゃんと分かっていないのでしょう。
決して満たされない孤独。
なら、僕が、
***
ドクン、ドクン。
自分の心音がやけに部屋に響いている、気がした。
いや、決してそんなはずはないのだけど、そう錯覚させるほど早い鼓動を刻んでいる。
このままじゃまずい。筒抜けじゃないか、意識しているって。
だって今、骸は俺を抱きしめたまま耳をそこに押し当て、その音を聞いているのだから。
「……すごいですよ? こんなに早く心臓動かしたら、君、壊れちゃいそうじゃないですか?」
「……んなわけないだろ」
ああ、何だこれ。超恥ずかしいんだけど。
立場が違えばこんなに違うのか。
いつもは見下ろされている藍色が目の前にあると落ち着かない。
というより、こうされていること自体が落ち着かないのかもしれない。
自分の生きている証を他人に曝け出すという行為が。
……よく骸は今まで何も言わずに平然とオレの好きにさせてくれたと思うよ、うん。
気を紛れさせるためにぼんやりと考えていると、骸が唐突に口を開いた。
「ね、綱吉」
「何だよ」
「少し、分かった気がします。君の気持ち」
確かに、落ち着きますね。
クフフ、骸が笑う。
ひどく楽しげに。
「こうしていると、」
ドクン。
その低音に、何故か心臓が跳ねた。
「君と繋がっているみたいだ」
君の存在だけを感じて、君以外はどうでもよくなるあの衝動。
それと、よく似ている。
一瞬骸が言った台詞の意味が分からず目を瞬かせ――理解した途端、顔に熱が集まるのを感じて思わず叫んだ。
「は、はあ?! 馬鹿っそんなんじゃなっ……!!」
「くふ、無意識でもこの行為を不安の解消に使うあたり、さすが君といったところでしょうか」
「人の話聞けよ!」
もうやだコイツ恥ずかしすぎる!
オレそんなこと考えてないんだけど!!
「ほらっもう満足しただろ! 離れろっつーの!!」
「嫌です。というか今まで散々我儘言ってきてるんですから我慢なさい」
「うぅ……」
それを言われてしまうと言い返せない。
……とにかく早く終わってくれ頼むから。
半分諦めに近い気持ちで身体の力を抜く。
すると、顔をオレの胸にうずめたままの骸が再び呟きを漏らした。
「でしたら、本当にシた方がいいのかもしれませんね」
「……何を」
「セック「うわあああ黙れええええ!!!」
何でそういう方向に行くんだっこのエロ親父があああっ!!
「だって、まだ足りてないんじゃないですか?」
だから繰り返し僕の部屋を訪れるのでしょう?
不安で押しつぶされそうになる度、僕との繋がりを求めて。
それが君にとっての「確認」。
「ね? だからもっと深く繋がりましょうよ」
何も考えられないように、僕で満たしてあげるから。
ぎしり、ソファーが軋んで身体が倒される。
オレの上にのしかかった骸がキスしてきた時にはもう拒む気も消え失せていた。
骸の理論が合ってるのか間違ってるのかなんて分からないけど、
ただ、骸だけで一杯にされたいと思って、彼の背中に腕を回した。
どうせ虚実なんて関係ないことだ。
それが、お前の言葉である限り、その言葉はきっとオレにとっての本当だから。
End
心音を聞き合うのに何か滾った結果。
あと本来のテーマから微妙にずれたオマケはこっち。
up:2012/05/03
自室に入った途端、上着を結んでいた髪も解く。
そのまま洗面所に向かい、他の服も全て脱ぎ捨て浴室に入った。
シャワーのコックを捻って、降ってくる飛沫を浴びながら一つ、溜息。
今日はやけに疲れた。
特別な任務があったというわけではないが、身体がだるい。
シャワーを浴びたらもうさっさと寝てしまいたい。
だが、そういうわけにはいかなかった。
今夜、彼が僕の部屋に来るだろうから。
別に約束をしているわけではないけれど、きっと。
また不安を胸に抱えて。
「……ここを訪れる頻度は減りましたけど」
僕の予想通り身体を繋げることが功を奏したのか、あれから彼がここに来るペースは以前の半分程度に落ち着いている。
でも、彼を抱く回数は増えていると言っていい。夢の中でのことだ。
格段に以前より夢での逢瀬が増えている。
しかもそれは僕が彼を呼んだのではなく、彼が僕を呼んでいるから。
自ら僕を手繰り寄せて、「抱いてほしい」と言うのだ。
もはや淫夢に近い逢瀬は、最近2、3日おきにまで頻度が高まっている。
これでは本当に中毒のよう。
そして、そうさせたのは、僕。
「……今の彼は僕がいないと生きていけないでしょうね」
ああ、なんて甘美な関係性。
自分で言って、ぞくりと、した。
肌を打つ水滴も感じず、目を閉じる。
もし僕が死んだら、彼は何にも執着せずすぐに後を追うだろう。
他の誰のものにもならずに。
勿論、それは僕も同じだ。
10年前から、彼以外の存在などどうでもよいのだから。
「クフ、」
そろそろ、時間ですね。
シャワーを止めて浴室から出て、髪も拭かずにバスローブを羽織り、廊下に一歩踏み出す。
床が濡れようと構うものか。
ドアの前に立ち、ゆっくりと10秒数える。
10、
9、
8、
7、
6、
5、
4、
3、
2、
1、
「零」
ギィ、ガチャ。
現れた彼を、極上の笑みで迎える。
「お待ちしていましたよ、綱吉。」
さあ、愛し合いましょうか。
End
意味のないシャワーシーンは完璧な趣味←
up:2012/05/03