「……は?」
久しぶりに任務から帰ってきて、報告を終え。
その夜、綱吉に呼び出されたから、彼の自室に来てみれば。
今、目前の彼は、何と言った?
「だーかーらー、オレ、結婚すんの。今日婚約した。」
あたかもつまらないといった表情で、取るに足らないことを報告するかのように。
情けないことに、頭の中は真っ白だった。
考えたことがなかったわけではない。マフィアのボスである彼には、その機会がこれまでにも数え切れないほどあっただろう。
でも、唐突すぎて。
それに今まで本気で考えてはいなかったのだ。そんなことはありえないと、勝手に思い込んで。
「……誰と、ですか?」
ようやく絞り出したのは、その一言。
それに対し、綱吉は面倒そうに答える。
「同盟ファミリーのボスの娘、だったかな? もうどうしても断れない雰囲気でさ、ろくに聞いてないん」
だ、と最後まで言葉が紡がれる前に、彼をベッドに押し倒した。
両手をまとめて押さえつけ、身動きを取れないようにする。
「……本気、なのですか?」
「……」
「僕は、認めませんよ」
綱吉を失うことなど、できるわけがない。
この10年で、すっかりポーカーフェイスが上手くなってしまった彼が腹立たしくて、手に力を込めた。
「骸、痛いって」
「今更、君が女を抱くのですか? 僕に抱かれ慣れた身体で。もう女なんかでは満足できませんよ? 僕がそう躾けたのだから」
「本当に、そうかな?」
妖艶な笑みを浮かべる綱吉。
……彼が結婚するならば、この笑みを僕以外の人間の前で浮かべるのだろうか。
そして、愛を囁いて、口付けて、情を交わす?
ああ、ひどく、不愉快だ。
「そんなこと、させるものか」
空いていた右手を彼の首に押し当てる。
成人しても白く細いそれは、片手でもすぐに折れそうに見えた。実際、そこまで脆くはないだろうが。
「え、ちょ、むく」
「今すぐ婚約を破棄すると誓いなさい。そして、僕を選べ。大丈夫です、ボンゴレからも何からも守ってあげますから」
全てを捨てて、僕を。
「そうしないと言うなら、ここで君を殺します。」
誰かに君を奪われるくらいなら、その方がマシだ。
彼を殺したらすぐ僕も後を追って、来世を待つだけ。
そうすれば、少なくとも今世で彼は僕だけのものなのだから。
「ねえ、どうしますか、綱吉?」
どちらを選びますか?
綱吉は目を見開いて――それから、仕方がなさそうに苦笑した。
「あー……ホント、お前ってヤツは……」
何ですかその反応。僕は本気ですよ?
君が手に入らないのなら、殺すことに躊躇いはない。
「……ごめんね、骸」
「……何に対する謝罪ですか」
「全部、嘘。」
「…………は?」
また、何も考えられない状態になって、瞬きを数回。
……嘘?
「うん。婚約とかしてないよ。勿論結婚もしない」
だから、ごめん。
……頭が追い付かない。
それは、つまり、
「……僕を騙して遊んでいたと?」
と、いうことになりますよね。
思わず睨みつけると、綱吉は慌てたように口を開いた。
「ち、違うよ!! ほら、今日は何月何日だ?」
「? 4月ついた……」
そこで、ようやく彼の目論見に気付いた。
任務でしばらく海外に行っていたこともあり、すっかり忘れていたけれど。
「エイプリルフール……?」
「そう! それ!!」
「24にもなってこんなのやってるんですか……」
「何だよ煩いな! つーかお前バリバリ引っ掛かってたじゃん。ふふ、オレ嘘上手くなっただろ?」
「……ええ。正直、肝が冷えました」
彼を腕に閉じ込めて、息を吐く。
とっくに離していた手が背中に回されて、その体温に安堵した。
「でも、もう冗談だとしてもやめてくださいよ……本当に、君が僕以外の人間のものになるかと……」
「……うん、もうやらないよ……本気だったしな、さっきの」
「勿論」
強く抱き締めれば、彼も返してくれる。
やはり、失えない。何があっても。
「……大丈夫。骸以外を選ぶわけないだろ? オレが愛してるの骸だけだもん。というかさ、オレも許さないよ? お前が余所を見たりなんてしたら、監禁して絶対オレにしか頼れないようにしてやる」
「クフフ、それもいいですね」
君に囚われるなら本望だ。
そう言って口付けると、彼から誘うように唇を嘗められる。
望み通り舌を絡ませて吸って、ひたすら味わった後に解放すると、潤んだ瞳と目が合った。
「まだ、だよ」
「はい」
分かってますよ、僕のお姫様。
もっともっと、お互いだけを感じて、
他人なんてどうでもよくなるくらい、溺れてしまえばいい。
それこそ、自分達以外の存在は嘘と思えるほど。
End
ほとんどエイプリルフールに関係なくなんかない、
なんて嘘←
up:2012/04/01