お題配布元「Aコース」
明日はバレンタインデー。
毎年、この季節になると憂鬱だった。
オレは所詮ダメツナで、チョコなんて貰えても母さんくらいというのもあるけど、それだけじゃない。
一つ年上の幼馴染のことだ。
そいつ――六道骸は、まず同じ男のオレから見ても顔がいい。
髪型は変なのに、それも気にならないくらいに。
性格も猫被ってるので温厚かつ誠実ということになってるらしい。……俺の前では散々人を見下すような態度をとっていたりするけど。
さらに、勉強もスポーツも出来る文武両道な生徒会長様だ。
それはモテる。
毎年段ボール単位でチョコを贈られるほど。
そんな姿を小学校からずっと見ていれば、オレがバレンタインなんて爆発しろとか思うのも当然だろう。
だけど、もっと厄介なのが、オレは骸を妬んでいるわけではないということ。
正直、骸にチョコをあげている女の子たちの方が羨ましいのだ。
「……ホント、馬鹿みたいだよな」
中学校に入って、自分の気持ちに気付いてから何度も重ねてきた問いをもう一度投げかける。
何で、オレはあんなめんどいヤツに惚れちゃったのか。
でも、今年は――
***
「なあ骸ー今日帰るの遅くなる?」
「ええ。今日は生徒会の仕事がありますから」
よっしゃ!
登校中、さりげなく一緒に帰るかどうか訊いて、帰ってきた返事に内心ガッツポーズ。
今日はどうしても一人で帰りたかったから。
そのことは顔に出さないように、あえて残念そうな表情をする。
「そっかー。やっぱ生徒会長様は大変だなー」
「そう言うなら手伝ってくださいよ。何で僕がせっかく副会長に君を推薦してあげたのに断るんですか」
「……オレが副会長なんて無理に決まってるだろ、バーカ」
それはあんまり思い出したくない出来事だ。全校集会でいきなり指名されて、こっちがどんだけ焦ったと思ってるんだよ。
つーか骸はオレがそんな生徒会なんて入れるような頭じゃないことくらい知ってるだろ。意味が分からない。
「でも一人で帰るなんて大丈夫ですか?」
「大丈夫だって。ちっちゃい子供でもあるまいし」
「いや、綱吉は小学生と言っても通るほど小さいですし、不審者に襲われたりするんじゃ……そんなことになったらすぐに僕に電話するんですよ。そいつ殺しますから。」
「……お前はオレを何だと思ってるんだ」
しかも妙に物騒な単語も聞こえた気が……
昔から過保護にも程がある。1歳しか違わないんだけど。
「だって、君は僕の可愛い可愛い『弟』みたいなものですから」
今まで、ずっと。だから、
「僕が、守ってあげます」
にっこりと微笑んだ骸に、オレはかろうじて笑みを返した。
オレにとっての骸は、『兄』なんかじゃないのに。
……こうなったら絶対にその認識をひっくり返してやる!
『弟』じゃもうダメなんだ!!
***
「……まさかあんなに混んでるなんて……」
放課後、オレは通学路をふらふらとした足取りで歩いていた。
右手には、小さな袋がある。
中身はオレの小遣いで買うにはギリギリのちょっと高級なチョコレート。
明日のためにさっき買って来たものだ。
近所では結構有名な店だったので少しくらい並ぶのは覚悟していたけど、予想以上に人がいて一つ買うだけでも思ったより時間がかかってしまった。
「……でも骸、ここのチョコ好きだしなあ……」
どうせなら喜んでもらいたいし。
まあ、こんなのあげたら逆にドン引きされるかもしれないけど。
それでも、受け取ってくれたら諦めが付きそうな気がする。最初から駄目元なのは承知の上だ。
アイツはチョコ大好きだから貰えるなら貰うだろうから。それで、いい。
「よし。」
明日は早起きしよう。
朝イチで骸にこれを渡すんだ!!
自分自身に気合を入れ、どういうシチュエーションがいいか、歩きながら考え始めた。
***
「……え……? う、嘘だろっ??!」
朝、枕元の時計が指していたのは8時5分前。
完璧寝坊した!! 何やってんのオレ!? 昨日理想の渡し方について考えすぎた!!
これじゃあ計画も何もないじゃないか!!
「ツっくーん、ムっくんもう来てるわよー」
「今行く!!」
母さんの呼ぶ声に、急いで着替えて朝食を食べ、家を飛び出した。
すると、慌てすぎたせいで玄関先で転びそうになったけど、そこで待っていた骸にすんでのところで首根っこを掴まれ引き戻される。
「また寝坊ですか? 全く……少しは学習しなさい」
「……目覚ましがいつの間にか止まってたんだよ」
「それ、小学校の時からずっと言ってますよね」
「う……」
図星を指され思わず黙ってしまう。
すると、骸が小さく笑みを漏らした。
「……何だよ」
「いや、君って本当変わらないなあと思って。僕、綱吉のそういうところ好きですよ」
「っ!!?」
勢いよく顔を逸らした。コレはヤバい。顔に熱が集まってくるのを感じる。
だって、『好き』なんて言われたら……勿論意味は違うと分かってるけど、期待しそうになっても仕方ないじゃないか。
「……このタラシが」
「? 何か言いましたか?」
「べっつに! つーかほら、早くいかないと!! 遅刻する!」
「だから君が寝坊したのが原因でしょう」
「うっさい!」
顔を見られないように早足で歩きながらも、心臓は早鐘を打ちっぱなしで。
ああもう早く学校に着け!!
頭の中はそれだけで一杯になっていて、オレはすっかり昨日の夜カバンに詰め込んだ袋のことを忘れていた。
***
「どうしよ……」
何とかチャイムが鳴る前に学校に着いたのはよかったけど、教室でカバンを開けてから数十分前の自分を少しだけ呪った。
チョコのこと全然頭になかった! 昨日あんなに色々考えたのに……
でももう過ぎてしまったことは今さらだ。
もうこうなればチャンスは休み時間か放課後しかない。
短い休み時間に階が違う骸の教室まで行くのはちょっと気が引けるし……やっぱ放課後か。
今日の授業は6時間。
オレは時計を見上げて、まだまだ遠い終業時間に溜息をついた。
***
終わった―!!!
待ち望んでいた最後のチャイムにほっとする。
やっと渡しに行ける……!
でも、そう思ったのも一瞬で、帰りのHRに来た担任が告げたのは今週オレ達の班が掃除当番と言う知らせ。
それが終わったらゴミ捨てまでさせられて、かなり時間がかかってしまった。
何でこんな用事ある日に限ってじゃんけん負けるかな……運悪すぎだろ……
いや、もうそれどころじゃない。早く骸探さなきゃ。
階段を上り、生徒会室を目指す。
この時間にだと骸はもうそっちの方にいるだろうから。
たどり着いた部屋の前に立ちカバンから包みを取り出して、一つ深呼吸したあとドアに手を掛ける。そのとき、中から話し声が聞こえた。
え? 骸以外にも人いるの? 人前でチョコ渡すのはちょっとなあ……
仕方なくそっとドアの隙間から部屋の中を覗いてみると、そこにいたのは骸と一人の女子生徒。
その子も集会の時顔を見たことがあるから、きっと生徒会役員なんだろう。
彼女が骸に差し出してるのは、案の定綺麗にラッピングされた箱で。
「あの、六道先輩っ、これ……!」
あー。やっぱり。相変わらずモテてんなアイツ
何回も同じような場面は目にしているから慣れたといってもいい光景だけど、どこか胸に痛みが走るのは変わらない。
……早く終わってくれないかなあ。いつまでもこうやって覗いてるわけにもいかないし。
すると黙って彼女を見ていた骸が動いた。さっさと貰えよもう。
若干イライラしながらそう思ったのだけど。
「すみません。お気持ちは嬉しいですがそれを受け取ることはできません」
「え?」
?
予想とは違った答えに、声は上げなかったものの瞬きを繰り返した。
彼女も驚いたように呆然とするのが見える。
「あ、あの」
「用事がそれだけなら、早く下校するか仕事に戻るかしてくださると助かるのですが」
「え、でもっ応えてくれなくてもいいんです! お願いですから、受け取ってくれませんか!?」
必死に頼み込む彼女に、骸は冷たい視線を投げかけた。
「受け取らないと言っているのが分かりませんか?」
「なんでっ」
「僕、今年からあの子以外のものは受け取らないと決めたので。」
そう言った骸の顔は場違いなほど柔らかな笑みを浮かべていて。
それを見た途端、オレは生徒会室から逃げ出していた。
***
荒い息を吐き、呼吸を落ち着かせる。
何も考えずに走ってきたが、たどり着いたのは誰もいない自分の教室だった。
自分の席に座り、さっきの骸の笑顔を思い出して泣きたくなる。
好きな人がいるってことだよね、骸に。
あんな顔を見せるような。
骸は学校でも常に笑みを浮かべていたけど、大抵は嘘笑いだった。
だから、本当に楽しそうな笑みを見れるのはオレだけだと思っていたのに。
「……どうしよ……」
しかも、その子以外のチョコ受け取らないって言ってたし。
せっかく諦めるつもりで渡そうとしていたのに、受け取ってすらもらえないならお手上げじゃないか。
そのとき、力を入れすぎて包装が破れそうになっていた包みに気が付いた。
これ持ったまま来ちゃったのか。
あ、つーことはカバン生徒会室前じゃん。
……だけど、もうどうでもいいや。
このチョコ今食べちゃおうかな。
包みを破り容器の蓋を開けたとき、ガラッと教室の後ろのドアが開いた。
何?! 先生!!?
おそるおそる振り向くと、立っていたのは担任ではなく。
「綱吉!」
「……骸……?」
やけに険しい顔をした骸だった。
ちょっと涙が滲んできていた目を慌てて拭いて、近づいてくる骸に何でもないという表情をする。
ここで泣くわけにはいかない。
泣いても骸は意味が分からないだろうし、困らせることはしたくないから。
「どうしたの? 何かあった?」
「それは僕の台詞ですよ。生徒会室の前に君のカバンがあったから、君に何かあったのかと……」
「……まあ、ちょっと……ごめんね、心配かけて」
言葉を濁してムリヤリ笑うと、骸がオレの机に視線を向けていることに気付いた。
視線を追うまでもなく、そこには。
「それ、 誰かに貰ったんですか? バレンタインチョコ。」
「え?! いや、違うけど……」
「じゃあどうしたんです?」
「…………」
な、何で訊いてくるんだよ!
言えるわけないじゃないか。お前にあげようとしていたなんて。
「その……コレ、オレが買ったやつで、今日あげるつもりだったんだけど……」
「ほう。逆チョコですか」
「まあそんなとこ」
男同士でも逆チョコって言うのかは知らないけど。
「それで? なら早く相手に渡してくればいいのではないですか? もう大抵の生徒は帰ってしまいましたし、急いだ方がいいと思いますが」
「ううん、いいんだ。やっぱり渡さないから」
「どうして?」
「……失恋、しちゃったから。その人に好きな子いるってたまたま聞いちゃって。だからもういい」
できれば、渡したかったけど。
お前に。
そう言えないから、嘘じゃない範囲で伝えて微笑んだ。
ああ、少しはすっきりした。間接的だけど、一応告白できたから。
「……ねえ、その相手って、もしかして男ですか?」
「……え?」
そう思ったのに。
笑みが、固まる。
なん、で。
「相手に『好きな人』じゃなくて『好きな子』がいるって言いましたよね? その言い方では、どう考えても相手の想い人が女子ということでしょう?」
あ、しまった。
ヤバいヤバいヤバい。……バレた? オレが、好きな相手。
やだ。どうしよう。嫌われる。
骸に嫌われたら、オレ……!
「ごめんなさっ……」
「許しませんよ、そんなの」
声を発したのは、同時だった。
そして、気が付いたら骸がすぐ近くにいて。
自分の状況が分からない。
何これ。抱き締められてる? 骸に?
「本気で女子を好きになったなら応援してあげてもいいと思いましたが、相手が男なんて絶対許しません。しかも、全く君のことを見ていないような大馬鹿なんでしょう? そんな男を選ぶくらいなら、」
僕にしなさい。
まっすぐに目を見て告げられた言葉の意味を理解するまで15秒。
…………はい?
「何、言って」
「だから、他の男じゃなくて僕を選べと言ってるんです」
「……骸、オレのこと好きなの?」
「何を今さら。今朝も君が好きだと告げたはずですよ」
我慢していた涙が一つ、零れた。
「え?! ちょっ綱吉??!」
「……うぅ……っく」
「どうしたんですか?!」
一度決壊してしまえば、もう止まらない。骸の制服が濡れてしまうと思ったけど、そのまま泣き続けた。
「つっ綱吉?! そんなに僕は嫌ですか!!?」
「……ちが、うれし、んだ…よ……」
幸せすぎるくらい幸せなんだ。
でも、それを言おうとしても上手く喋れなくて。
気持ちを伝えるために、さっき開けたチョコを一個取り出して咥え、そのまま唇を重ねた。
大好き!
End
ベタなラブコメを目指した結果。
骸さんはツナに気付いてほしかっただけ。
弟呼びもわざと。自分に言い聞かせる意味もあったけど。
up:2012/02/14