コンコン、とノックの音が執務室に反響する。
綱吉はそれにちらりと顔を上げるが、またすぐに手元の書類に目を戻した。
「入って、獄寺君」
「……10代目失礼します」
そう言うと、少し間を置いて扉が開く。
緊張した面持ちで入ってきた獄寺にようやく手を止め、視線を投げかけた。
「任務はどうだった?」
「はい、滞りなく順調に進みました。交渉相手とも……」
「上手くいったのならそれでいい。報告書は後で見るからその辺に置いておいてくれる?」
「は、はい」
台詞を途中で遮られ、手で示されるままにテーブルに報告書を置く。
すると「まあそれはいいとして本題」と綱吉が目を細めた。
同時に部屋の気温まで下がったように感じ、獄寺は小さく身震いした。
「……『アイツ』のことは何か掴めた?」
アイツ。六道骸。
二月前に突然失踪した霧の守護者。
「…すみません。色々探ってはいるんですが、まだ……」
「……そっか」
速い鼓動を刻む心臓を気にしながら答えると、綱吉が溜息を漏らし部屋の空気が少し和らぐ。
そのことにひどくほっとした。昔の彼と同じ仕草だったから。
彼は確かにこの10年で立派なマフィアのボスとして成長した。
だが中学生だった頃の優しさだとか甘さだとかが完全に抜けきっているわけではなく、だからこそ自分もほかの守護者たちも変わらず彼に仕えてきたのだろう。
それなのに最近の彼は冷酷非情なドン・ボンゴレの顔しか見せていない。
六道骸がいなくなってから。
「まあ言われれば、今までアイツがオレの傍にいたってことの方が不思議だったのかもしれないけど。アイツがマフィア嫌いなのはそれこそ出会ったころから知ってたし」
「そ、そんなこと……!」
ない、と自分では言いきれないけれど。
でも貴方がそれを言ってしまったらお終いじゃないか。
10年間六道骸の恋人だった貴方がアイツを信じられなくなったら、誰が信じられる?
何も言えないが目で訴える獄寺の心情が伝わったのか、綱吉が苦い笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ。諦めてるわけじゃないから。……じゃあ、これからも任務頑張って」
「…っお任せください!」
複雑な思いを噛み締め、あえて威勢の良い返事をすると部屋を出ようとする。
だが直前で振り返り、綱吉の方を見た。
「10代目!」
「……何?」
「オレももっと情報集めますから、その……頑張りましょう!!」
綱吉が目を丸くする。
その口が開かれる前に獄寺は深く礼をして「失礼しました!」と扉を閉めた。
廊下を歩きながら考える。
骸のことをよく知っているはずのクローム達黒曜メンバーですら未だ行方が分かっていないのだ。
そんな状況で自分が情報を掴むのは容易ではないだろう。
……いつだかみたいに惚気られまくるのは少々いかがなものかと思うし、こんな風に居なくなる時点で気にくわない点は多すぎるけれども。
自らのボスと決めたあの人には笑っていてほしいから。
「…不肖獄寺隼人、草の根を分けてでも六道骸を捜し出して見せます!」
よし、と意気込みを新たに獄寺は足を踏み出した。
……そのときすれ違った使用人が彼の後ろ姿をじっと見つめ、口元に弧を描いていたことには気付かずに。
***
「ありがとう、獄寺君……」
椅子に深く腰掛けて、綱吉は天井を見上げる。
昔から彼のまっすぐさには助けられてきた。
でも。
「本当にアイツが――骸がオレから離れるなんて思ってるのかなあ?」
それこそ天地がひっくりかえってもあり得ないことなのに。
ああ、獄寺君にとってはオレの言葉が絶対だから疑うってことを知らないのか。
「ほんと……」
「扱いやすい駒、ですよね」
一人きりの室内に突如として響く別の声。
だが綱吉はそれが当然であるかのように、侵入者であるはずのその人物へと笑顔を向けた。
「お帰り、骸!」
そのまま駆け寄って彼――骸に抱きつく。まるで親の帰りを待ちわびていた子供のような姿には、つい先ほどまで見せていたボンゴレボスの面影はない。
「ええ、ただいま帰りました。すみませんね、今日は遅くなってしまって」
「ううん、平気。オレの為に動いてくれてるんだしね」
オレをここから連れ出すために。
囁けば、骸も綱吉の背に手を回した。
「やはり、まだ時間はかかりそうです。でも、半年以内には必ず君を攫ってみせましょう」
「うん。じゃあそれまでにオレも口封じとか頑張んなきゃ」
そう、これは茶番。
ボンゴレをも欺いての二人の共犯劇だ。
「だけどさ、皆骸が居なくなってから一度もオレのこと疑わないんだよね。どうかと思うよ。こっちにとっては都合いいけど、その絶対的な信頼は」
呆れたような表情で仲間をけなす綱吉に骸は微笑する。
絶対に彼らの前では見せない本音。
それを自分だけが知っているということへ優越感を覚えて。
「クフ、君が先程獄寺隼人の前で話していたみたいなことを普段も言っていたなら、誰も疑わないでしょうよ」
「あ、やっぱさっきの聞いてた? ……まあ、それはそうだけど……だとしても普通変だと思わないかな? オレ今までけっこう人前でも骸とイチャついてきたつもりだったし。それなのに誰もおかしいと思わないなんて……まだ足りなかったか……」
「おやおや、確信犯だったんですか」
「だって骸はオレのだもん。牽制、必要だろ?」
無邪気に口にする台詞には明らかな独占欲を孕んでいる。
そのことを理解したうえで骸は同意した。
「そうですね、綱吉」
僕は君のもの。そして、君も僕のものだ。
そんな関係をもう10年も続けてきた。
でも、ボンゴレにいる限り本当の意味でそれが現実になることはなくて――
『なら、壊してしまえばいいだろ?』
もう我慢も限界になった僕に言ったのは君。
だから僕は、君が望むままに、君を手に入れるためだけに行動しよう。
「ねえ、綱吉。」
「何?」
「愛してますよ」
つい先程綱吉がしたように耳元で囁き返す。すると彼は一瞬きょとんとした顔をして、それからすぐににっこりと嗤った。
「オレも愛してる、骸」
この愛が歪んでる?
そんなわけがないじゃないか。
他人なんてどうでもよくて、
相手しか求めてなくて、
自由を妨げる檻は全て毀して、
互いの存在という鎖でがんじがらめになって、
世界は僕らを中心に廻っていて、
世界はオレ達二人だけで完結しているんだ。
こんなの、
最高の純愛でしょ?
End
な、何でこうなった←
ヤンデレ骸ツナになるはずだったんだけど……ヤンデレ……?
予定では片方だけ病んでたら若干(?)悲惨なことになるけど、両方病んでたらただのバカップルだよね! 的な感じのヤツ目指してました。
最後だけでも目的を達成しようと頑張ったけど……うーん……
……まあいいか((よくない
up:2011/11/05
ちょっとだけオマケ。
「意外と呆気なかったね」
手配した飛行機のファーストクラスの個室の中で、綱吉がつまらなそうに呟いた。
その様子に思わず骸は苦笑する。
「それはそうでしょう。何のために半年以上準備したと思ってるんですか」
「うーん……でも最後なんだから、もうファミリー全員蹴散らして正門から堂々と出て行くのも面白そうだったかなーと。」
「…………」
本気で言ってるのが分かるからタチが悪い。
自分を装っていない綱吉はフリーダムすぎる。
そんな姿、あの忠犬やら家庭教師やらが見たら何と言うのやら。
まあ、この先彼らがそれを見る機会はないだろうけれども。
愉悦に口元をつり上げる。すると、外を見ていた綱吉が骸の方に向き直り、首に手を回してきた。
「どうかしました?」
「ふふ、やっとお前がオレだけのものになったなあって思って」
「それ、僕の台詞ですよ。君の方が今までボンゴレに拘束され続けていたのだから」
「ん」
ちゅ、とわざとリップ音をさせて口付ければ、もっとと言うように綱吉から舌を絡めてきて自然とキスは深いものになっていく。
「……むくろ」
「…はい」
息の上がった彼を傍のベッドに運んで押し倒し、スーツのボタンに指をかけると、そこで呼び止めるように綱吉が骸の名を呼んだ。
「……嫌、ですか?」
「そんなわけないだろ……ただちょっと言っておきたいことあって。忘れないうちに…」
拒むつもりかと不満げな表情を浮かべる骸の頬に手を滑らせて、綱吉は微笑む。
ずっと考えていたこと。
10年前お前に会ったときから。
「しばらくして落ち着いたらさ、
――オレと二人で世界大戦でも起こしてみようか。」
骸が瞳を瞬かせた。
「……冗談で?」
「まっさか。本気に決まってるじゃん。オレ昔からそーゆーの楽しそうだなって思ってたんだよねー」
だから暇潰しにでも、ね?
綱吉の言葉に少しの間呆気にとられていたが、やがて骸はひどくおかしそうに破顔した。
「クハハッ! 君には敵わないですね。暇潰しに世界大戦ですか?」
やはりこの子は予想の斜め上を行く。
こんなに僕を楽しませてくれるのは彼だけだ。
「でも君となら、それもいいでしょう」
また、新しいゲームの始まり。
End
「二人で世界大戦でも起こしてみようか」を言わせたいがためのおまけ。
本編もですが、視点が移り変わりまくっているので読みづらかったら申し訳ないです。
up:2011/11/05