私には最近悩みがある。
それは――
「……骸」
「何ですか、デイモン」
「いい加減離れてくれません?」
私が背後の骸に向かってそう言うと、彼はにっこりと微笑んで口を開いた。
「嫌です。」
クフフ、と声を漏らす骸に、私は額へ手を当てる。
「……そうやって抱き付かれていると書類見づらいんですけど」
敵対マフィアの情報や勢力図などが載っている書類をちらつかせ、「はあ」と明らかに溜息をついてみせても彼はどこ吹く風だ。
「いいじゃないですか。やっと出張から帰ってきたんですし。……少しくらい息子を甘やかしてくださいよ、父さん」
「こういうときだけ父さんなんて呼ぶんじゃありません! 敬意を感じないです!!」
そう。彼は私の息子に当たる。と言っても血は繋がっていないのだけれど。
だが、一回り近くも年が離れているのに本物の兄弟に間違われるほど、骸の雰囲気は私によく似ていた。
「デイモンの馬鹿。ケチ。もう今日の夕食なんて知りませんからね」
もう構わずに書類の整理に入ろうとすると、子供っぽい悪口と共に食事当番を放棄すると暗に言われて言葉に詰まる。
そ、それは困ります。
仕方なく私は妥協案を出した。
「……いいからどきなさい。今日やる仕事はこれだけですから、終わったら好きなだけお前に付き合ってあげますよ」
途端骸の機嫌がよくなるのが分かる。
現金なことですね。全く、誰に似たのでしょうか。
「クフッ。約束ですよ、デイモン」
絡めていた腕を離し、私の顔を覗きこんで彼が笑みを浮かべた。
……その笑顔に一瞬だけ見惚れてしまったのは秘密ですが。
そうして骸が自室へ帰った後、私はソファーに背を預け天井を見上げた。
「困りましたね……」
そう、これが私の最近の悩み。
……息子のスキンシップ過剰だ。
***
私が骸と出会ったのは7年前の話。
ボスであるジョットにとあるマフィアの殲滅を依頼されたことに始まる。
その名はエストラーネオ。禁忌を犯したファミリー。
ほかのマフィアから忌み嫌われるようになっても、さらに特殊兵器の開発を進め幼い子供達を犠牲にしている彼らに我慢ならなくなったらしい。
相変わらず甘いと思ったものの、私も確かに目についてはいたので任務を引き受けた。
だが実際かのファミリーの本拠地へと行ってみると、中に入っても人の気配が全くしなかったのだ。
「? おかしいですねえ……」
首を傾げながら、事前に頭に入れてきた間取り図をもとにとりあえず地下にある実験室に向かった。
そこで出会ったのだ。彼と、彼の仲間に。
「……おやおや」
戸を開けた途端嗅ぎ慣れた血の臭いが立ち込め、予想していなかった事態に私は小さく目を見張った。
死屍累々と横たわる白衣やスーツの男達。顔を確認すると案の定ほとんどがターゲットとなっていた者達だった。
……面白い展開になりましたね。
そして私は警戒しながらこちらを窺う少年達に目を向けた。
中でもおそらくこの惨状の主犯であろう槍の先を片手に持つ一人に話しかける。
「ヌフフ、こんにちは。君ですかね? ここのお掃除をしてくれたのは。感謝しますよ、手間が省けました」
「……どなたですか?」
「ああ、失礼しました。私の名はD.スペード。ボンゴレの守護者をしています」
そう名乗ると後ろにいた二人が殺気をこめた視線を送ってくる。
……これは相当マフィアを憎んでいるようですね。まあ当然ですけど。
だが彼は顔色すら変えず私に重ねて問いかけた。
「天下のボンゴレファミリーの守護者がわざわざこんなところまで? 信じがたいですね」
「任務ですから。私のところのボスが最近のエストラーネオは目に余ると仰りましてね」
「……なるほど。でも、もう分かっているとは思いますけど、今生きているこのファミリーの関係者は僕――六道骸とそこにいる柿本千種、城島犬だけですよ。任務と言うのはおそらくエストラーネオの殲滅でしょう? 僕達をどうするおつもりですか?」
そこで初めて彼――骸の目に冷たい光が宿った。
その瞳に真っ向から射抜かれて、背をゾクリと寒気が走る。
……相手はまだ子供だというのに。
でも、この歳でこれだけの人数を殺せればなかなか大したものです。頭の回転も速いようですし。
これは、将来かなり使えるようになるかもしれません。
素早く計算した私は次にとる行動を決める。
スカウトしましょう。
「ちょっと君達、私のところに来ませんか?」
微笑して手招きすると、あからさまに三人が不愉快そうな表情を見せた。
「……今度はボンゴレに飼われろと? そんなのは死んでもごめんです」
彼の台詞に同意するように二人も頷く。
そう来ることは予測済みです。
「まあまあ、体調も万全ではないのでしょう? 回復するまで宿を借りると思って」
「マフィアの世話になどなるものか」
「……食事とか豪勢ですよ。」
その言葉に一瞬心が動いたようだが、すぐに彼は首を振ると嘲るような表情を作った。
「クハッ物で釣るとはさすがマフィアですね! 虫唾が走る!」
「んー……手厳しいですね」
でも、あと一歩と言うところでしょうか。
私はチェックメイトをかけるべく、彼の耳元に口を寄せた。
「では、そうですね……教えてあげましょうか、幻術」
「?!!」
骸が目を見開く。
…やっと子供らしい表情を見せました。
「気付いて、いたんですか?」
自分の能力に。
目で問いかけられ、私は頷いた。
「勿論。私も術師ですから。どうです? 私ならその力、もっとうまく使う方法教えてあげられますけど。あ、ちなみにそれを何に使うかは強制しませんから」
「…………」
さあ、どうです。
かなり良い条件だと思いますが。
「……分かりました。それを飲みましょう」
「えっ?!」
「むくろしゃん?!」
彼の決断に、二人が驚きの声を上げた。
そんな彼らに対し、骸が振り返って口を開く。
「すみません。これは僕の都合です。先程言った言葉を撤回するようで悪いですが、無理に一緒に来いとは言いません。好きにしてください」
「…………オレは一度貴方に付いていくと決めました。それを覆すことはしません」
「お、オレだって!」
突き放すような台詞を言う骸に二人は続けて何があってもついていくという宣言をする。
ヌフ、思いがけない拾い物をしました。
今回ばかりはジョットの甘さにも感謝しましょう。
「それでは参りましょうか、Bambini(子供達)!」
***
それから本部に戻って、まず彼らの治療と報告をした。
ジョットは話を聞くなり即彼らのもとに行って「大変な目にあってきたのだな……だがもう安心しろ、これからはオレが守ってやるからな!!」などと叫び、周りを呆気にとらせたのが印象深かった記憶がある。
そして傷が治ってから千種と犬はそれぞれほかの関係者達に預け、骸は約束通り幻術を教えるために私が引き取ったのだった。養子という形をとって。
……あれから7年。
本当に成長しましたね。色々な意味で。
思った通り幻術師としての腕はかなり上達し、私ともそこまで遜色ないほどだ。
ボンゴレに対しても初対面でのジョットの言動のせいもあったのか、今はもう出会ったときのような憎しみは抱いていないようなのも喜ばしいことだと思う。
だけど。
最近の彼はどうしたのか。
高校に入ったあたりから、やけにくっつきたがるようになって。
それでも海外の任務が終わって帰ってきたときには直っているだろうと思っていたのに、全然変わっていないですし。
「……親や師匠に取る態度じゃありませんよね」
だって、あんなの……
「いやいやいや何を考えているんだ私は」
つい脳裏に浮かんだ言葉を打ち消すべく、勢いよく首を振った。
相手は一応息子で10歳以上年下ですよ!?
「というか今それどころじゃないっ!」
思考が飛びすぎた。
早く仕事を終わらせなければ。
そうして書類を読み始めたが、何となく私はそれに集中できなかった。
***
「やっと終わりました……」
トントン、と書類をまとめてファイルに入れ、ようやく息を吐く。
いつもよりも時間がかかってしまった。
……彼のことが頭から離れなかったから。
「馬鹿ですね、私も」
本当はとっくに気付いている。
問題は骸にあるのではない。私にあるのだ。
彼を拒めない――それが何を示しているかなんて、分かりきったこと。
むしろ、骸がちょっかいを出してくる前から、私は彼に育ての親という立場以上の感情を抱いていた。自分でもおかしいとは思っているのに、それがどんどん大きくなっていくのを止められなくて。
……こうなるなら、やはり、
「…帰ってくるべきではなかったかもしれません」
離れていたならまだ誤魔化せたのに、このままではきっと認めてしまう。骸に対する自分の気持ちも。
それだけは許されないから。
……ジョットにまた長期の任務がないか訊いてみますかね……
そう思って携帯を手にしたそのとき。
「……どこに電話するおつもりで?」
「?!」
突然伸びてきた手に携帯を取られ、それを追って上を見上げると。
「……む、骸……?」
無表情で見下ろす骸と目が合った。
いつの間にとかどうしてとか言いたいことは次々思い浮かぶのに、視線に射竦められて口を開けない。
こんな骸は知らない。
あろうことか怖いとまで思った。
「『帰ってくるべきではなかった』とはどういう意味ですか?」
「お前、聞いて……」
「僕はずっと貴方に会いたくてたまらなかったというのに」
彼が私の頬をするりと撫でる。
その手の冷たさに思わず私は身体をすくめた。
それを怯えと取ったのか彼はすぐに手を離したが。
とにかくこの状況はまずい。
さっきので色々と誤解させているようですし。
「いやあの骸違うんですよ。ただまた任務が入るかもしれないので、それなら帰ってくる必要なかったかなと」
苦し紛れに言い訳をする。
半分くらいは本当ですよ。たぶん。
だけど骸は表情を崩さずに即答した。
「だったら僕も付いていきます。」
「なっ!? まだお前は学校があるでしょう!!?」
「あんな所行っても行かなくても同じですよ。すでに高校程度の知識はありますし」
た、確かに。
でも付いてくるとなると……
……駄目だ。ずっと一緒なんて、私は――
「骸、お前はここに残りなさい」
「……それほど僕が疎ましいですか」
「ちがっ」
彼はソファーの背に手をついて正面に回ると、私の顔を覗き込むように見つめた。
「ねえ、デイモン」
どうしよう。
まるで時間が止まったかのように、身動きもできない。
幻覚なんて、使われていないのに。
「骸、」
「そうだとしても僕を拾ったのは貴方なのだから、責任は取ってもらいます。だって僕は……」
「っやめなさい!!」
強く拒めば、驚いたように骸が目を見開く。
私はそんな彼と目を合わせないように俯いた。
「……デイモン?」
「……駄目、なんです。それ以上言われたら……認めてしまえば、私は一生お前を手放せなくなる……」
それを最も恐れていた。
今まで、特別を作らずに生きてきたのに。
マフィアとして生きていく上で弱さになる、そんなものは邪魔でしかないから。
でも、一度受け入れたら、もう元に戻れない。
失うことができない。
「なんだ、そんなことですか」
「『そんなこと』なんかじゃ……っ?!」
呆れたように溜息をつかれ、カッとなって反論しようとした。
しようとした、のだけれど。
???
唇に当たる生温かい感触。
そして視界に広がる目を閉じた骸の顔。
こ……これって、まさか。
ようやく自分が何をされているか悟り、抵抗しようとしてもいつの間にか身体を押さえつけられていて。
「……ぅ…んっ……ふ」
隙間から忍び込んだ舌に口腔を飽くことなく貪られ続け、呼吸をするのすらままならなくなってしまう。
やっとのことで解放され、骸に力の抜けた身体を預けて息を整えていると、彼が笑う気配がした。
「クフ、顔真っ赤ですね。もしかして感じちゃいました?」
「だ、黙れ……!」
骸の言葉に羞恥心を煽られ、睨みつけるが彼は全く意に介さない。
「キスだけでそんなになっちゃうほど僕のことが好きなら、離れるなんて無理ですよ。というか離れようとしても僕が離しませんけど」
「……はい?」
何て言った今。
私が絶対認めたくなかった言葉も聞こえた気がしたが、それよりもまず。
「……『離れようとしても離さない』……?」
「はい。貴方が逃げるなら何をしてでも捕まえます。」
「そ、それだと私がいくらお前を手放そうとしても無駄じゃないですか!?」
私が今まで悶々と悩み続けていたのは何だったんだ!!?
これでは……もう、拒む理由がなくなってしまう。
「そのとおりですよ。そんなことで悩んでいないでさっさと認めてしまえばよかったのに。
……ねえ、デイモン。僕は貴方の言う弱みになんてなりません。自分自身も、貴方のことも守ってみせます。だから……」
僕を傍に置かせて。
そう言って彼はまた触れるだけの口付けをした。
「……いいのですか? お前を望んでも」
「さっきからそう言っています。」
自分でも分かるくらい混乱している。
でも、はっきりしていることが一つだけ。
もう限界だ。
「……私は、お前が……骸が、好きです」
震える声で口にすると、ふわりと彼の体温が私を包み込んだ。
「僕も、愛してます。昔からずっと」
ああ、私らしくもない。
泣きたいほど嬉しいなんて。
それを誤魔化すためにぶっきらぼうに言う。
「……あとで後悔しても知りませんよ。あとこうなった以上ちゃんと守りなさい。私も、お前自身も。」
「勿論」
返事は即答で。
それに満足して私は微笑み、自分から腕を伸ばした。
「だったら認めてあげます」
息子ではなく、私の恋人として。
***
「おや、今日の夕食はえらく豪勢ですね」
「当然です!! 今日はデイモンと僕の記念日ですから」
「……(き、記念日って…何か恥ずかしいんですけどっ…)」
「(顔赤くして可愛いです…)あ、ちなみにデザートもあるんですよ」
「デザート?」
「ええ、それは夕食後寝室で頂きましょうねv」
「はあ……(寝る前に食べるスイーツですか? …虫歯になりそうです)」
「クフフ、楽しみにしていてください(スイーツは貴方です、なんてベタすぎですかねぇ?)」
End
誰だこれ←
D様を乙女にしすぎた気が……
そういえば何でお互いに惚れたかも書いてない。
そのうち続き書きたい。
up:2011/10/22