dolce log&take | ナノ



 


全ての事の発端は、遡ること数十分前。

俺が朝の練習に向けて、身支度を整えていた時のことだ。




「緑川、今日なんの日か知ってるかい?」




突然どこからともなく現れたヒロトは、頭に見覚えのあるぱんつをかぶりながら、まるで当たり前のように俺のベッドに座りながら爽やかに笑ってそう言った。
ちなみに完全なる裸、全裸でだ。


突然のことに思考は大混乱している中、着ようと思いユニフォームを持っていた手だけは、その恐ろしい光景にガタガタと震えていた。




「…え、いつ?いつ部屋入った?」




ドアの開く音なんてしなかったし、それにたった今までベッドの上には誰もいなかった。何故全裸なんだ。

確か昨夜は盛ったヒロトが部屋に訪ねてくることもなく、無事に平和に眠りについたはずだ。何故全裸なんだ。




「ああ、昨日緑川が風呂に行ってる間に入ってさ、それから今までずっとベッドの下に隠れてたんだよ」


「いや笑いながら言ってるけどそれ通報したら捕まるレベルだからねっ!?」




にこりと爽やかに笑いウインクなんてして見せるその顔は世間一般に言うイケメンというやつだが、頭にかぶったぱんつと全裸がそれを全て無しにしている。

なんて残念な男だ。何故全裸なんだ。




「ああ、全裸なのは俺なりの仮装だよ」


「人の思考を勝手に読むな…って、仮装?なんでまた?」


「だから言ったろ?今日、10月31日は一体何の日でしょうか?」




全裸が仮装ってどんなだよと思いつつ、今日の日付と仮装という言葉でピンときた。

そういえばお日さま園にいた時はこの時期になるとみんなでそわそわしてたっけ。




「思い出したみたいだね」


「うん、ハロウィンだろ?」




正解、と笑うヒロトを見ながら、なんだかお日さま園のハロウィンパーティーを思い出して懐かしくなる。

あの頃はただみんなで変な服を着てお菓子をたくさん貰える日っていう認識しかなかったけど、今思うとちゃんとそういう行事を企画してくれていたことに、ああ大事にされていたんだなあとしみじみ思う。


そういえば風介と魔女の服をどっちが着るかで喧嘩したっけ…なんか着るだけで魔法が使えそうな気がしたんだよなあ…。




「いい思い出だね」


「うん、いい思い出だよ…ちなみにヒロトの全裸とぱんつがそのいい思い出を汚してるとは思わないわけ?」


「汚す?やだなあ、これは仮装だって言っただろ?どこからどう見ても犬さ」


「それ犬だったの!?犬に謝れよ!!」




てかどこらへんが犬なのかって聞いたら動物は皆等しく全裸だとか意味分からないことを言われた。

だったら別に犬じゃなくても動物ならなんだっていいんじゃんか!!




「…で、さっきから頭にかぶってるそのぱんつは何の意味があるんだよ?今まであえて触れなかったけど、それ俺のだよね?俺のだよねそれ?」


「ああ、これね、これは仮装って言うか……うん、趣味かな」


「気持ち悪っ!!」




ダメだこいつもうどうにもならない。

とりあえずそのぱんつは後で洗濯するとして、もう朝練まで時間がないから支度を再開することにした。

全裸に構ってて遅刻したなんて監督に言える訳がない。




「ヒロトも早く支度しろよなー、もうすぐ朝練始まるよー」


「いや、支度ならもう済んでるんだ」


「は?」




まさか全裸で朝練に参加するつもりなのかとその言葉に固まると、ヒロトはベッドから腰を上げ、にこりと笑った。

どうしよう嫌な予感しかしない。
何故前を隠さないんだ。




「今日はハロウィンで、俺は仮装してて、目の前には緑川がいる…それならやることは一つだろ?」


「え……通報?」




ギラリと光る翠色に、俺はずさりと後ずさった。

これはマズい、非常にマズい。




「よし、じゃあいくよ?」


「え、何が、ちょっ、まっ、」


「緑川……トリックオアトリィィィィィィィイイイトッ!!!」


「ぎぃやあああああああああっ!!!」




全裸で俺のぱんつをかぶったままダイブしてくるという誰もが予想した展開に、俺は朝っぱらから全力で叫んだ。


まるでスローモーションのようにだんだんと俺に近づいてくる…いや、飛び込んでくるヒロトに、俺はもう半泣き状態で今日の朝練終わったと目を閉じるも体は立派に身の危険を感じ正当防衛と言う名の条件反射を発動した。




「くたばれえええええええっ!!!」




飛び込んでくるヒロトの顎。

俺の右拳の華麗なアッパーカットが見事にクリティカルヒットした末、変態はふぐっ、と情けない声をあげ、綺麗な放物線を描いて、どさりと床に沈んだ。




「…あっ、ごっ、ごめんヒロトッ!あまりにも気持ち悪かったから思わず…てか自業自得だからな!」




なんで俺が謝ってるんだよと内心ツッコミつつ、一向に立ち上がる気配を見せないヒロトに首を傾げる。

しかもなんの返答もないし、まさか気絶でもしてるのかと慌てて全裸にぱんつをかぶった状態で仰向けになり大の字になって倒れているヒロトに駆け寄った。




「…ヒ、ヒロトォ?おーい?本当に大丈夫かあ?」




体をゆさゆさ揺らしてみたりほっぺを抓ってみたりしたけど、ぴくりとも動かないヒロトにサーッと血の気が引いた。


まさか気絶どころか失神!?

打ち所が悪かったとか!?


うわー!!と一人でわたわたしながら、俺はある重大なことに気づいてしまった。




「もしかして……息、してない……?」




本来なら上下しているはずの胸が、さっきから全然動いてない。

そんなまさかとヒロトの手首をとって調べようとした脈も、うんともすんとも反応しない。


血の気が引くどころか真っ青になっているであろう顔で、俺はそれよりも青白いんじゃないかと思うほど血色の悪いヒロトの顔を見下ろし、信じられない事実をぽつりと呟いた。




「し…死んでる……」




緑川リュウジ、13歳。

前科がつくかもしれない事実に頭を抱え合宿所に響き渡るような大音量で絶叫し、チームメイト達が何事だと駆けつけるまで、あと数分。






「……で、基山が死んだ、と」




事の発端を聞き終えた風丸は、自業自得だろ、と腕を組んだまま大の字で倒れるヒロトを横目で見ると、盛大に鼻で笑った。


あれから絶叫を聞いて駆けつけてくれたみんなに宥められどうにか落ち着きを取り戻した俺は、教育上良くないからと顔と股間にスポーツタオルをかけられたヒロトを見て、またがばりと顔を両手で覆う。


その悲惨な姿に、止まったはずの涙がまたボロボロと頬を伝った。




「ううっ……ひろとぉ……」


「よしよし、泣かない泣かない、大丈夫だから、ね?」


「そうだぞ緑川、もう泣くな、俺にいい考えがある」


「えっ…風丸、生き返らせる方法知ってるの…!?」


「いや、とりあえず埋めようぜ」


「証拠隠滅!!」




何がいい考えだよと、俺はまたヒロトに謝りながら声を出して泣いた。

隣で吹雪が俺の頭を撫でながら大丈夫だよって笑うけど、実際何も大丈夫なことなんてない!!




「鬼道、埋める以外に何かあるか?」


「ふむ、埋める以外か…とりあえず救急車を呼んだらどうだ?」


「救急車…!!それ完全に盲点だった…!!流石鬼道さん!!」




そう言われればそうだ、何故気づかなかったんだと、俺はぐしぐしと鼻を啜ってベッドに置いたままだった携帯をとるべくしゅばっと立ち上がる。

今ならまだ電気ショックとかで呼び戻せるかもしれない!




「え?必要ないと思うけどなあ」


「はあっ!?吹雪酷いや!!ヒロトがこのままでも良いって言うのかよ!?」


「俺は一向に構わないぜ」


「うん風丸は想定内だからスルーね」


「今基山がチームを抜けるのは痛いな…これからの事を考えてもやはり留まらせるのが一番だろう」


「うわあ!鬼道さん真面目だあ!」


「俺は吹雪と夕香が元気ならそれでいい」


「え、豪炎寺いたの?喋れよ」




一人一人つっこんでる場合じゃないのに俺の悲しい性がそうさせる。

こうしてる間にもヒロトはあの世の川を渡ろうとしてるにいっ!!




「だから、大丈夫なんだってば」


「大丈夫じゃないって!!なんでさっきからそうやって大丈夫大丈夫って…!!」


「んー、だってほら…」




まさか吹雪がそんな薄情な奴だとは思わなくて涙目になる俺の右隣をすっと指差しながら、吹雪はにこりと笑う。




「基山くんなら、さっきからずっとそこにいるじゃない」


「……………………は?」




その言葉に、吹雪以外のここにいる全員がぞくりと悪寒に肩を震わせた。




「吹雪…お前、電波キャラは二期で卒業したんじゃなかったのか?」


「えー!失礼だなぁ風丸くんは!僕は生まれてこのかた電波なんてキャラ付けされたことないよ?ね、豪炎寺くん」


「ああ、吹雪はこの世に生を受けたその瞬間から地上に舞い降りた天使だ」


「豪炎寺、それを真顔で言うのは相当痛いぞ……しかし、吹雪の言うことが本当だとすれば、基山は今霊体ということになるのか?」




流石鬼道くん飲み込み早いね、と笑う吹雪をちらりと見て窺っても、嘘を吐いてるようにはどうしても見えない。

確かに俺を慰める為にそんな嘘を吐くような奴じゃないし、でもそれならなんで今まで教えてくれなかったんだよ!!




『いやあ、俺のこと心配する緑川があまりにも可愛かったからついね』


「いやだから人の思考を勝手に読むなってなんか普通に声聞こえるうううっ!!!」




何これ怖いと周りを見回すと、頬に何かがさわりと触れて、俺はぎょわっと肩を震わせ頬を抑えた。

やだ怖い!すごく怖い!!




「もー、基山くんのせいで僕電波キャラ扱いされるところだったんだからねー!」


『ははっ、ごめんごめん、こんな状態でないと至近距離で思う存分緑川の匂い吸い込んだり出来ないからつい夢中になっちゃってさ』


「お前俺が謝りながら泣いてる時にそんなことしてたのかよっ!?」




最悪だ、信じられない、霊体になってもヒロトはヒロトだ、何も変わってない。

まったく!心配して損した!!




「なんだ、基山の霊体がここにいるなら話は簡単だな、俺は部屋に戻る」


「え…簡単ってどういう…?」


「つまりね、今基山くんは中身が出ちゃってる状態だから、その中身を元に戻せばいいってことだよ」


「なるほどな、霊体の基山が自分の体に入れば確かに元通りだ」


「えっ、逆にそんな簡単でいいの!?」




簡単ってか単純すぎる案にまた心配になる俺をよそに、みんなはヒロトに早く体に戻れって色んな方向を見ながら言っている。


ちなみに鬼道さんは不動に早く戻ってこいって言われてるとかでさっさと俺の部屋から出て行ってしまった。

…うん、深くはつっこまないけどね。




『まあ、確かに体に戻れば生き返る気はするよ、一応霊的な知識で』


「あ、マジなんだ…って!それなら早く戻れよ!何してんだよ!みんな本当に心配してたんだからな!!」


「いや俺は別に」


「うんややこしくなるから風丸はちょっと黙ってて」


「いや吹雪は氷の妖精とも言えるな」


「何の話だよ豪炎寺はもういいから部屋戻れよ」


『実は俺まだ戻りたくないんだ』


「は?何言っ…はあああああっ!?」




流れに紛れて聞こえた言葉に、俺は何考えてんだと辺りを見回した。

どさくさに紛れてとんでもないこと言ったよね今っ!?




『いやあ、俺のことが見えない緑川と性行為するって言うのもまた興奮するものがあるなあと思ってさ…やらないか?』


「お前ほんっとに馬鹿だよね!!」




やるまで戻らないと変な誓いをたてるヒロトにドン引いているのは俺だけじゃない。

現に風丸の顔は苦虫を噛み潰したようにそれは苦々しく歪んでいるし、吹雪は眉を寄せてうわあ…と呟いているし、豪炎寺はそんな吹雪をガン見している。


でもだからってこのままそんな変態プレイに付き合う気はさらさらないし、本人が素直に戻らないって言ってるならもう無理矢理にでも戻すしかない!!




「吹雪!今ヒロトどの辺にいる!?」


「いつでも緑川くんの近くにいるよ!」


「うわあ…」




その言葉にまた引きながら、こうなったら頼りになるのは唯一ヒロトの姿が見える吹雪だけだと指示を仰ごうとする。

力づくでも捕まえて元気に朝練だ!!




「よし、吹雪、俺にも指示をくれ、くだらない茶番を終わらせる」


「うん!みんなで力を合わせればすぐだよね!じゃあ僕嫌で嫌でしょうがないけど全裸の基山くんを捕まえるからそしたらみんなは「駄目だっ!!」




そうか全裸で霊体になったなら今ヒロトは全裸なのかと今更気づきながら、突然そう言い吹雪の目を後ろから両手で隠した豪炎寺に俺は首を傾げる。

え…何してんの…?




「失念していた…まさか今まで吹雪に他の男のブツが見えていたとはな…すまない、もっと早く気づくべきだった」


「…豪炎寺くん」


「お前にもうそんなものは見せたりしない…吹雪、お前は俺が守る」


「豪炎寺くんっ…!嬉しいっ…!!」


「お前らもほんっとに馬鹿だよなちくしょおっ!!!」




頼みの綱が切れた瞬間だった。

もうすっかり2人の世界に突入した豪炎寺と吹雪は、風丸に至極冷静にお前らそれ以上は自分達の部屋でやれと言われ、はーいと素直に部屋から出て行った。爆発しろ。




『うん、これはもう素直に性行為するしかないんじゃないかな』


「してたまるかあっ!!」




腰をさわりと撫でられながら近くから聞こえた声に、ぞわりと鳥肌が立った。

実は俺、幽霊とかダメなんです。
いくらヒロトだと分かっていても、幽霊とかダメなんです。
だってなんか怖いじゃないですか。
意味わからないじゃないですか。




「むっ…無理、もう本当に無理……だっ、誰か助けてえええっ!!!」


「おーい、お前たち何やってるんだー?」




と、廊下から聞こえてきた声に、俺はがばりと顔をそっちに向けて目を輝かせた。

この声は間違いない…救世主だ!!




「円堂おおおおおっ!!助けてええええええっ!!この変態どうにかしてええええええっ!!!」


「ん?どうしたんだ緑川?そんなに取り乱して…もう朝練始まるぞー」


『やあ、おはよう円堂くん』


「あれ?その声は…ヒロトか?どこにいるんだ?」




ヒロトの声に反応してキョロキョロと辺りを見回すってことは、どうやら円堂にもヒロトの姿は見えていないらしい。

それじゃあ円堂でもこの状況はどうにも出来ないのかと俺が肩を落とす横で、風丸がかくかくしかじかこうこうこうでと便利な説明をすると、円堂はそうなのかーと腕を組んで頷いた後、にかりと笑った。




「つまりこうすればいいんだよな?」


「…え?」




何が、とは聞くまでもなかった。


そう言うやいなや円堂は風丸から俺に向き直り、唖然とする俺の隣を目掛けてゴッドハンドと言いながら見事な素早さで拳を前に繰り出した。

ちなみにゴッドハンドと言いつつ繰り出した位置的に完全にボディブロウだ。


隣から鈍い音と『ごふっ』と言う間抜けな声が聞こえ、何かが後ろに吹っ飛んだような風が起こり、壁にべしーんと叩きつけられるような音が部屋に響き渡り、俺は恐る恐る後ろを振り向いた。




「ひ、ヒロト……?」




見ればそこには壁にめり込んでいるヒロトの姿があって、俺は違った意味でぞくりと肩を震わせた。

はらりと股間を隠していたスポーツタオルが床へと静かに落ちる中、円堂はふぅ、と息を吐くと、またにかりと笑って言った。




「よし、サッカーやろうぜ!」




















HAPPY☆
HALLOWEEN




(基山ヒロト幽体離脱事件、完)











*****

「藍が溢れて」の小冬さまよりハロウィンフリー文をかっさら…頂いてきました…!!
もう姉さんマジ爆笑…腹筋崩壊のギャグセンスをお持ちの姉さんが大好きです!!私は姉さんの足元にも及ばないぜ…さすが姉さん。

本当にありがとうございました!


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