dolce text | ナノ
甘い味覚に絆されて
グラレゼ(&基緑)祭 / No.8(おまけ)
あの方からの呼び出しがあった。 いつも通り「俺の部屋に来て」と。
あぁ、今日はどんな事をされるのだろう。あの方の気が済むまで苛立ちをこの身体にぶつけられるのか、それとも性欲処理の道具としてぐちゃぐちゃにされるのか。 今まで受けたそれはあまりにも恐ろしくて思い出したくない程だ。
それでも今、この窓ひとつない薄暗い廊下を重い足取りで歩いてあの方の所へ向かっているのは、もし仮に今日呼び出しに背いたら後が怖いから。
足を止めた前の扉に向かい一度深呼吸をして、そして右手で軽く三回程扉をノックする。そして微かな機械音を立てて自動で扉は開かれた。 扉の少し奥で椅子に座りこちらに妖艶な薄ら笑いを浮かべて、彼は静かに囁く。
「待ってたよ、レーゼ」 「…失礼します」
椅子から立ち上がって招かれたので、そう断って素直にそれに従った。 おいで、と手招きされてその腕が絡み付いてくる。今日は後者の方か…だなんて思いつつ彼に身体を委ねると、先程彼が座っていた椅子の隣に座らされた。そして何かを取りに行った彼も再びそこに腰を下ろした。
肘置きに置いた片手で頬杖を突きこちらを見据える彼は、後ろに隠すようにしていたもう片方の手を私の方へ見せ付けるように取り出した。
その手中に納められたのは『ポッキー』と書かれたお菓子の箱。
「レーゼ、今日何の日か知ってる?」
そう問われたが、自分には何も思い当たる節がなかった。誰かの誕生日でも何かの記念日でもない、何の変哲もない平日だ。
「…いえ、…」
「今日はポッキーの日なんだって。まぁ、その手の企業が商品を売り出す商法として勝手に決めたんだろうけど」
手元に目線を向け箱のパッケージをびりびりと開けながら、彼は淡々とそう呟いた。そして中の小分けになっている袋の上部を破ると、再びこちらに視線を戻した。
「だから、お前とポッキーゲームをやろうと思ってね」
ポッキーゲームとは、ポッキーの端と端から互いにポッキーを食べていく事を指すのだろう。 彼はそう言うと片手に持った袋からポッキーを一本摘み取り、チョコレートをたっぷりと塗りたくられた方の尖端を口に含む。
そして手放した反対側の方の尖端を「ん、」と差し出される。
元よりいつも呼び出される用件だろうと覚悟して来ている為、逆にどう反応すれば彼の機嫌を取れるかが解らなかった。
多分ここはその通り従えばよいのだろう、戸惑いつつもその差し出された尖端に近付きそっと口に含んだ。
するといきなり後頭部を片手で固定されて、彼はどんどんポッキーを口に入れて進んできた。 次第に距離の縮まって近づいてくる深い緑の双眸に見据えられて、自分はただされるがまま。
あと数センチ、という所で思わずぎゅっと目を瞑った。
彼の唇が自分の唇に触れてしまう…!
だがパキン、という音がして近距離にある気配が消えていく。 そっと目を見開けば、さっきよりは少し距離の離れたその瞳が。
「もしかして、期待してた?」
かみ砕いたポッキーをごくりと飲み込んで至極ご機嫌な様子で唇を指差しそう言う彼は、いつものあの冷たい瞳の彼とはまるで別人のようだ。
そして指摘された途端、キスされると思っていた自分がすごく恥ずかしくなって思わず俯いてしまった。 期待…してたの、か…?
すると目の前にポッキーの袋を差し出され、彼の人差し指が顎に手をかけほんのり熱で上気した顔をそっと持ち上げる。 艶やかに微笑む、それでいて暗い闇を孕んだ瞳に射抜かれて。
「じゃあ次は、お前からやってもらおうかな」
甘い味覚に絆されて
ポッキーで繋がる自分と彼。最後まで、と注文をつけられた私は、ゆっくりと、でも着実に、ポッキーをかじり彼へと近づいて行く。
最後の一口は、そのポッキーに塗られたチョコレートよりも、酷く甘い刺激だった。
end
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