dolce text | ナノ
今だけ君に酔い痴れる
グラレゼ(&基緑)祭 / No.7
風呂上がり、もう寝るだけの状態で携帯電話を片手にベッドで寛いでいた時だ。
こんこんと扉を叩く音、そして俺の返事も待たずにドアノブががちゃり音を立てて扉は開かれる。 今晩は絶対訪ねてくる自信があった。それにいきなり俺の部屋の扉を開ける人など彼以外思い浮かばない。
「どうしたの、緑川」
半分ほど開かれたドアから覗くのは、白い半袖シャツに長いジャージを履いて、肩に下ろした髪が濡れたままの同じく風呂上がりの緑川だった。 尋ねながら部屋に入るよう促し、俺は寝転がる体制から身体を起こす。
「べ、別に…来ちゃ悪いかよ…」 「全然、お前なら構わない」
携帯電話を畳んで邪魔にならないよう机に置き、ベッドに腰掛ければいつもの様に緑川も俺の隣に座る。
「…ねぇ、ヒロト…」 「何だい?」 「昔みたいに、さ…髪の毛乾かしてくれない?」
俯き加減で肩に掛けたタオルを弄りながら緑川はぽつりと呟いた。いつになく甘えてくるのは、そう、多分。
「ふふっ…いいよ」
先程自分の髪を乾かすのに使ったまだ生温いドライヤーを取り出し、コンセントを繋いでベッドに上がり、緑川の後ろへと回り込む。
タオルで水気を軽く取り、ドライヤーを手に持った俺はスイッチのつまみを最大にし、その熱風を艶やかな若草色に宛てがった。最初は根元の方から、膝立ちになって乾かして行く。指通りのいい髪は時折ほのかにシャンプーのいい香りで鼻を擽った。
部屋に響くのはブオーっというそのドライヤーの少しばかり大きな音だけ。 そして根元が乾いて来たので中間部に風を宛て、量の少し多い髪を手櫛で梳きながら空気を中に送り込む。
お日さま園だった時も、こんな風に緑川の髪を乾かした。あの時は自分で乾かすのが手間で嫌だと駄々をこねていた緑川を見兼ねた姉さんが俺に頼んだんだっけ。 緑川の柔らかい質の髪に触れるのが心地よくて、乾かしてあげたらどうやら気に入られたらしく、次の日もまたその次も、髪を乾かしてと頼まれた。
いつの間にかそれが日課になって、風呂上がりの緑川がドライヤーを持って俺の所へ来るのが嬉しかったなぁ。
そんな事を思い出しつつ手を動かしていると中間部も乾き始めたので、つまみを微風へと切り替えて、毛束を掬い先に当てる。 毛先は痛み易いから丁寧にゆっくりと乾かして行く。微風に切り替えたドライヤーは音も小さい。
「やっぱりヒロトがやってくれると気持ちいいんだよなぁ…」 「そう?」 「うん、それにすごく丁寧だし」
「それは緑川の髪だからだよ」
毛先の水気も飛んだので俺はドライヤーを止め、ブラシを持つ。その若草色全体を軽く梳いていけば、完了だ。
「はい、できたよ」 「ありがとう、ヒロト」
無邪気な笑顔を向けお礼を述べる緑川は、いつも縛っている髪が下ろされているからか、普段より余計に可愛く見える。 喜んでくれて嬉しいよ、と微笑み返しドライヤーを片付けにベッドを立つ。
彼に背中を向ける形になった時、ぽつんと聞こえた呟き声。
「オレ、ヒロトが出発する前にやってもらえてよかった…」
振り返れば、先程とは少し違って淋しそうに微笑んだ表情。
「緑川が追い付いてくれば、またいつでも乾かすよ」
「あぁ、練習頑張って絶対にまたイナズマジャパンのメンバーになってみせるよ」
ベッドへと戻り緑川の隣へ再び腰を下ろした。彼の事だから、今は強がって笑っているけどほら、今にも泣きそうなくらい黒い瞳が潤っている。
「待ってるから、俺」
ぽたり、と一粒だけ溢れ出た雫が彼の腿のジャージの色を変えた。
「…うん…!」
タオルで涙を拭い、泣きながら元気よくそう答えた。俺はベッドの上の整えられている掛け布団を剥いで言う。
「じゃあ今日は、久々に一緒に寝ようか」
にこりと微笑んで、答えも聞かずに彼を抱き抱えて布団へと潜り込んだ。
今だけ君に酔い痴れる
また、すぐ添い寝なんかできるけれど、今はとりあえずお前を感じながら眠りにつきたいんだ。
end
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