dolce text | ナノ
どうか隣で微笑んでいて
グラレゼ(&基緑)祭 / No.5
俺がライオコット島から帰ってきて改めて実感したことは、『隣にいられる幸せ』だった。
ただ彼の隣に居られるだけでいい。 寄り添って他愛の無い会話をして、笑い合って。時間を気にせずに一つのボールを蹴り合って、お腹が空いたら一緒に食事をして、疲れたら一緒の布団に潜り込んで、そして甘い夢に浸る。
離れていた事で余計に身に沁みた太陽の存在。いつの間にか俺の心の隅に巣食って、いつの間にか大きくなっていて、気がついたときにはそう、例えるなら酸素のように彼の存在が必要不可欠だった。
でもそんな彼が今、俺の隣に居ない。
ハンガーに掛かっていた上着を適当に取り、それを羽織りながら玄関へ向かう。出しっぱなしにしていた靴をこれまた適当に引っ掛けて、俺は星が瞬くのがよく見える寒い夜空の下へと繰り出した。
原因なんて些細な事だ。 本当にくだらない。くだらなすぎて笑ってしまうほど。
俺の言葉に色をなした彼は、この寒い冬空に何も羽織らないで出て行ってしまった。きっと今頃、いつもの公園で寒い思いをしながらも意地を張っているに違いない。 彼がつまらない事で風邪を引いてしまわないように、俺は暗い夜道を街灯と月の明かりだけを頼りに走り抜けた。因みにちゃんとした靴を履いてくればよかったと思ったのはこの時だ。
ブランコの金属が、ギコーギコーと音を立てているのを耳にした。 彼は、俺とケンカしたり何か嫌な事があったりすると、決まってこの公園にひとり佇んでいるのだ。
この公園も随分小さくなってしまったものだ。幼い頃から俺達がお世話になっているこの公園は、ブランコと砂場と滑り台しかない、本当に小さな公園だった。それでもあの時の俺にはすごく大きく感じて、鬼ごっこなんかよくやっていたっけ。 ブランコに向かって歩きながら、ふと郷愁を覚える。
砂利が立てる俺の足音に気づいたのか、俯いていた顔を上げてこちらを向く彼。頬に伝っていた数粒の液体が月明かりに照らされて、天に散りばめられている星のように輝いた。
「この公園もすっかり小さくなっちゃったね…」
彼の座っているブランコの隣に腰掛けた。低くて座りにくい。
「何しに、来たんだよ…」
彼は少し掠れ声で地面に向けて呟く。
「お前を迎えに来た」 「ケンカ…してるのに?」 「うん、でも家を飛び出した緑川が気になったからね」 「変なやつ、」
はぁぁと吐き出した息が微かに白い。 隣をちらりと見やれば、寒さのせいか涙のせいか、若干震えている彼の肩。恐らく前者、意味の無い意地を張るところも彼らしい。
ブランコを立ち上がって羽織ってきた上着を脱ぎ、彼の後ろへ回る。ぱさり、そっとその肩に乗せてあげれば吃驚した様子でこちらに振り返る。
「…なん、で?」 「寒いだろ」 「でも、それはヒロトも同じだろ」 「俺はここまで走ってきたから、少し貸してあげる」
再び俯いて彼は、ばかじゃん、なんて呟いた。再びブランコへ座り直した俺は、冬の夜の寒さを改めて感じる。やせ我慢をしてるのはどっちだろうか。
「…ヒロト、」
「ごめん。くだらない事でお前を泣かせた」 「な、泣いてないし…!」 「じゃあ、その赤い目は何?」 「知るかよ…!」
「それで、どうする?仲直りする?」
俺の問いかけにこちらに顔を向けた彼の表情は、もう既にすっかりいつもの調子だった。
「俺もごめん、ヒロト」 「はい、これで仲直り。じゃあ寒いから早く帰ろうか」
右手でそっと冷たくなった彼を指先を取って、どちらともなく絡め合う。自分の指先も冷たくなっているけれど、こうしていればすぐに体温を取り戻すだろう。
たまにはケンカする事もあるし、嫌になる事もあるだろう。人間の付き合いなんてそう簡単にうまく行かないものだし、もしもそうだったらつまらないから。
ただ隣に居られるだけでいい。
寒い冬空の下でも、隣で微笑む彼は俺の心をやんわりとあたためる太陽だった。
どうか隣で微笑んでいて
(あと…ありがとう、ヒロト) (なんで?) (上着、ヒロトも寒いくせに) (緑川が風邪を引くと困るからね)
end
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