dolce text | ナノ



橙色のきもち

20000Hitフリリク / 彩花様へ



久遠監督による厳しい一日練習が「今日はここまでだ」という掛け声と共に終了した。
思わず大きな溜め息を漏らしてグラウンドにへたり込めば、空は既に西に傾いていた太陽に照らされ、蜂蜜を零したような橙が広がっていた。それに気づかぬほど必死にボールに食らいついていたという事実を、全身にじわじわと感じる疲れと共に実感していると、「お疲れ様」と聞き慣れた優しい声が脳天から降ってきた。
脇からタオルを差し出され、それを受け取り、首だけ空を仰ぐようにしてその声の主を見上げる。

「ヒロト、」
「今日は一段と張り切ってたね」

緑の視線と目が合って、ふふっと微笑まれた。そして俺の左へ移動して、同じくグラウンドに腰を下ろした。

「だって、レギュラーの座は奪われたくないだろ?」
「負けず嫌いだね、昔から」
「せっかく日本代表に選ばれたんだから、頑張らないとダメでしょ?」
「そうだね、」

でもそんなお前は嫌いじゃないよ、と呟いたヒロトに驚いて先程手渡されたタオルで額や首まわりの汗を拭う手を休め、そちらに顔を向ければ、夕日を浴びて橙を纏う横顔。その真っ直ぐと前を見据えていた顔がオレの方へ向けば、その橙を纏った白い肌が妙に綺麗だった。

「ねぇ、まだ体力残ってる?」
「…なんで?」

「緑川、夕食まで稲妻町を散歩しないかい?」



散歩、つまり『特別の目的をもたずに、気の向くままに歩く』事。別の言葉で言えば散策。
目的も無くふらふら歩き回るなんて、ヒロトにしては珍しい。オレはただ夕日に照らされた河川敷の道を、オレの一歩前を歩く彼についていくだけだった。今日の練習はどうだったとか、誰々がこんな事をしていた、なんていつもと変わらぬ雑談をしながら。

そうしていると、いつの間にか前にも何度か連れて来てもらった事がある、鉄塔広場へ辿り着いていた。稲妻町が見渡せるくらいの高台にある南向きのここからは、ちょうど日が昇る所から沈むまでを眺める事ができる。

思わず、その夕日に見惚れていた。
右に傾いた橙の光は、鉄塔広場へ容赦なく降り注ぎオレ達を橙色に染める。

「…きれい…」

日中は青々とした空とかまばらに空に浮かぶ雲だとか、橙の綺麗なグラデーションを纏っておりとても美しい。息を呑んでふと口から零れた言葉に満足したかのように、彼は柵に捕まってそれを眺めている自分の隣にそっと近付いてきて、微笑んだ。

「この前偶然ここにいた円堂くんと風丸くんを見かけて、夕日が一番綺麗に見える場所だって教えてくれたんだ」
「へぇ、…二人が」
「緑川にも見せたくて、」

隣の彼にそっと顔を向ければ、綺麗でしょ?、と柔らかく零す。ふと、橙の光を纏ったヒロトの顔に思わず見惚れてしまった。サッカー男児には似合わないその肌色は、美しくオレンジに艶めく。
夕日ってこんなに綺麗だったんだ。最後にこうして夕日を眺めたのはいつだったか。最近はただの『日常』の風景の一部でしかなくて、あまり意識した事なかったからな。
オレは微笑み返して、うん、と頷いた。夕日そのものもそうだけれど、夕日を浴びたヒロトが妙に綺麗だった事はオレだけの秘密である。

「…本当は、お前と二人で見たかったんだ」

「?……オレと?」
「ほら、お日さま園の皆で一回だけ、散歩に行った事あるだろう?二人の話を聞いてたらその事思い出して」
「そういえば、そんな事があったような気が…」

懐かしいと夕日を眺めながら思い出話に花を咲かせていると、どんどん橙の光が弱まり、太陽が地面に吸い込まれていくかのように、少しずつゆっくりと、でも確実に沈んでいく。
東側の空にちらりと目をやれば、既に星が瞬き始めていた。



そして太陽が完全に隠れるのを見送れば、あたりが薄暗いことに気づいた。

「さぁ、合宿所に戻ろうか、」

そうして差し出される、右手。

「…手?」
「たまには繋いで帰らない?…あの時みたいに、さ」
「…そ、そんな恥ずかしいこと、」
「大丈夫だって、ほらもう暗いし」

ね、と半ば強引につかまれた左手。ごそごそと動いて、指と指を絡めてがっしりと繋がれた。
まぁ暗いし、たまにはいいかも、なんてこっそり心の内で囁いて、握られた手をそっと握り返した。


練習の疲れが、いつの間にやらどこかに飛んでいっていた(太陽が橙の光と一緒に吸い取ってくれたのかもしれない、なんてね)。

どうしてだろうか、彼の微笑んだ横顔が今も頭から離れない。




橙色のきもち


淡く胸の内で疼くこの想いを例えるなら、きみと眺めた夕日のようにあたたかくて儚くてやさしい橙色。

まだ知らぬその想いを胸にそっとしまって、今は繋がれた手のぬくもりだけを感じていたい。











end









*****

彩花様、2万打フリリクありがとうございました。
リクエストは『緑川を散歩に誘い、最終的に手を繋ぎながら帰る』という事でしたが、ご期待に添えておりますでしょうか?

まず、大変お待たせしてしまった事をお詫び申し上げます。すみませんでした。
時系列的にはアジア予選辺りですね。稲妻町は何となく夕日が似合いそうだと勝手に思っており、二人に夕日の中を散歩してもらいました。この二人はまだくっついてない設定で、基→(←)緑みたいな感じです。お互いまだ家族っぽいほのぼのとした関係ですが、無自覚にもリュウジが相手に傾いてたらかわいいと思い、ほんのり匂わす程度の描写を入れさせて頂きました。
こんなゆるい感じでお気に召していただけたか不安です…CPというよりは+の方が近いです。もっとこうして!など何か不満な点がございましたら、どうぞ遠慮なくお申し付け下さい。できる限り書き直しいたします!

リクエスト、本当にありがとうございました。

彩花様のみお持ち帰り可。


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