dolce text | ナノ
あなたとツートップ! Sample
交流会という名のミーティングの後は、所謂レギュラーと言われるファーストと、二軍と呼ばれるセカンドの練習試合を見学することになっていた。サッカー棟の一番奥に設置されている室内グラウンドの二回観客席に座るよう指示が出て、適当に座る。 隣には後頭部で両腕を組み、額にゴーグルをしたいかにもお気楽そうなやつと、その隣にいまどき有り得ないビン底眼鏡にピッグテールの、恐らく男なのだろうが性別不明のうあつがいた。 そういえばあまり同学年のやつらの顔を見ていなかったが、ピンクのツインテールとか、ボブのゆるいウェーブのかかったやつとか、ずいぶん変わった容姿の人ばかりが目につく。まぁ、自分も前髪で片目が隠れているから、人のことは言えないんだが。 「隣よろしくなー、オレ浜野。んで、こっちが速水」 辺りをきょろきょろ見回していると、隣のお気楽そうなやつが話しかけてきた。ビン底眼鏡のやつの紹介もご丁寧に交えて。 「お前なんて言うの?」 「倉間。よろしくな」 「速水は同じクラスで、席が前後だったから一緒だったんだけどさ、サッカー部やっぱ多いよなー」 「まぁ名門って言われてるしな」 「ちゅーかさ、速水はなんでサッカー部入ったわけ?」 「え、えーと…サッカーやりたかったからです」 「だよなー、オレもだけど。倉間も?」 「まぁな」 この頃は、まだ純粋にサッカーをやりたくて、サッカーが大好きで、入部した。サッカーは十一人でやるものであり、何かに所属しないとできないスポーツであるから、サッカーがやりたければ部活やどこかのチームへ入るのが普通だろう。そんな奴らの集まりである。
そんな雑談をしていると、ピーっという甲高いホイッスルの音がグラウンド内に響く。ざわついていた観客席に座るオレたち新入部員も、その音で一瞬にして静まり返り、そしてグラウンドに視線を集中させる。 セカンドの白を基調としたユニフォームをまとった選手が、ボールを蹴る。 「お、始まった始まった」 「名門雷門のレギュラーの試合が…目の前見れるんですよね…」 「ちゅーか、いきなりすげーよな」 浜野と速水が口々にそういうのを聞きながら、サッカーボールを目で追う。確かに、入部していきなり、先輩たちの試合を目の当たりにすることなんて思いもしなかった。ボールがフィールドを舞うように動く。中学生サッカーにしては、スピードも速く、パスのフォームが自然で、ドリブルもキレがある。レベルが非常に高いことが、見るだけでわかる。
学べるものが何かあるかもしれない、そう思って自分のポジションであるフォワードの先輩たちに注目したときだった。ファーストのユニフォームをまとってフィールドを駆け抜ける、先程ミーティングで、サッカー部に似つかわしくない雰囲気を放っていると印象を持った、確か名前は南沢だったか、その先輩。 味方からパスを受け、ゴール前にいるディフェンス二人を抜いて、強烈なシュートを放った。ボールは、超回転がかかってゴールネットを貫く。 あぁ、あれが噂の必殺技。テレビで日本代表選手とかがやっているのは見たことがあったが、必殺技をこの目で見たのは初めてだった。普通のシュートとは全く次元の違うキックに、思わず感動してしまった。 何というか、ものすごくかっこいい。
あまりの感動に、つい見入ってしまった。全身の血流が巡る音が少しうるさい。色黒な肌の腕には、少しだけ鳥肌が立っていた。 ああなりたい。 自分も、あんな風に勢いのあるシュートを放てるように、必殺技ができるように。 「すげぇ…」 第一印象を覆すプレイに感動しきっていると、再び審判のホイッスルの音が響き渡り、試合が再開された。ファーストとセカンドという、多少の実力の差はあれど、さすが名門。激戦を繰り広げる先輩たちの姿を見て、オレだけでない、新入部員が夢中になってその試合のゆく末を観戦していた。
*********
久遠監督の「それでは以上だ」という言葉を受けて解散し出す雷門サッカー部、その中を突っ切ってオレはとある人に向かっていった。どうしても確かめてみたいことがあった。
「ちょっと、いいすか」 「なんだ倉間」 立ち去ろうとしていた背中に声をかければ、振り返ってこちらを見る。先程あんなに重要なことをさらりと告げたことを気にする様子は欠片もなく、用がないなら帰ると言わんばかりの雰囲気を放っていた。 今日のあの試合で、二年にして雷門のエースナンバーを背負う南沢さんが、まるでフィフスセクターを肯定しているかのような口調でオレたちに説明をした先輩が、どう思っているのか知りたかった。自分が入部してから目標にしてきた先輩でもあったから。 少し高い位置にある、少し変わった瞳に向かって、静かに問いかける。 「南沢さんはいいんですか、こんなサッカーで」 はじめから勝敗の決まったサッカーで、フィフスセクターに管理された管理サッカーで、練習の意味も楽しさもないサッカーで、満足しているのか。 「いいも何も、そういう決まりだから仕方ないだろ。それに、」 前髪をかき上げ、何か企みがあるように得意気に微笑んで、静かに衝撃の言葉を口にした。
「俺は、内申点のためにサッカー部に入ってんだよ」
内申とは、成績とか実績とか含めた、その人の評価みたいなもので、高校受験の時にかなり重要であり、点が高ければ厳しい定員での入試も有利になるため、中学生だったら誰だって気にするはずのものだ。 名門校のエースナンバーを背負っていれば、内申いいだろ、そう南沢さんは、オレの頭を乱暴にぽんぽん叩いた。 「まぁそういう事だ。お前も、フィフスセクターに従っていればいいんだよ」 じゃあな、と片手をひらひら振って去っていき、街並みの風景と化した雑踏に紛れ込んでいくその背中を、オレはただただ見つめることしかできなかった。
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