dolce text | ナノ



そこに残った誰かの体温

20000Hitフリリク / 紗英理様



*南雲と涼野が一緒に住んでる設定












「風介?」

さっきから何か様子がおかしい、そう気づいた俺は呼び慣れたそいつの名前をそっと口にした。


こいつは普段から良く眠る。放っておいたら翌朝まで起きないのではないかと思うくらい、気づいたら寝ている。
今日も例の如く昼間のぽかぽかとした陽気に当てられ寝こけていて、夕飯の仕度が出来たから起こしに来た。

だが何だろうか、この胸のうちに広がる違和感は。頭では理解できなくても第六感、つまり感覚で何となく嫌な予感を察知したのだ。

「おい、ふうすけ…」

寝起き特有のぼーっとした表情。擦った目をゆっくりと開け、そして周囲をきょろきょろと見回す。
いつもと変わらない、

はずなのに。


だがこいつの一言で、酷だが俺はその違和感の理由を納得してしまった。


「…きみは、誰だい?」





「おい何の冗談だよ!誰だってお前、ンなの決まってんじゃねーか…」

「なぁ風介…どうして黙ってんだよ、忘れたなんて言わせねーからな!」

「風介っ…何でお前、そんな目で俺を見んだよ…!おまえ、…」


もう、冷静ではいられなかった。
俺は目の前の風介の両肩を揺さぶりながら、目の前で起きている現実を否定する。
例えるならば、そう。まるで夢を見ているようなそんな感じ。今起きていることが全く信じられなかった。

でも現実から目を逸らせることのできない事実もそこにあった。
風介の瞳が、表情が、それこそ凍てつく闇のように冷たかったのだ。そんな視線で見据えられ、そしていきなり両手をぱしん、と弾かれる音がして。

「私に気安く触るな」

立ち上がり、先程手を撥ねられた反動で尻餅をついた俺を見下すように睨むと、風介はそのまま自室の方へ去って行ってしまった。


風介は、記憶喪失になった。



突きつけられた現実に俺はただ胸のうちが戸惑いと怒りがぐるぐると渦巻いて、吐き気がした。
その日の夕食など全く喉を通らず、そしてそれっきり閉じ篭ってしまった風介とは顔も合わせなかった。
寝て起きれば全て嘘のように終わってる、あるいは、酷い悪夢でも見ていた、なんて事も期待したが、実際翌日目覚めて風介を起こしに行ったが状況は変わっていなかった。

どうして風介なのだろうか。何が原因なのか。思い当たる節もなく、思考を巡らせても堂々巡りだった。
瞳子姉さんに来てもらい様子を見てもらっても、強引に病院に連れて行っても、その原因は分からなかった。


仮にも恋人同士という関係にあった俺とあいつ。
出会ってからは嫌というくらいいつも一緒にいたあいつは、どうして記憶なんか亡くしてしまったのか。

そして、それに対して何もできない自分に一番腹が立った。
行き場を失った怒りが俺の中でぐちゃぐちゃになって、目はだらしなく涙なんか零しやがって、俺は苦しむあいつの為に一体何ができるんだろうか。





***





あの日目覚めてから、何かを失ったという喪失感が頭をついて離れなかった。だが何を失ったというのだろうか。

何故か共に生活をしている赤髪の男が何故か私の世話を焼いてくれる。
何度私が酷い事を言って遠ざけても、何度私が睨みつけても、何度酷い事をしても、男はしつこく付き纏ってくるのだ。全くおかしなやつだ。

今日もその喪失感に苛まれ、私は夜中に目を覚ます。気持ち悪いと思ったらまるで嫌な夢を見ていたみたいに全身から汗が吹き出ていて、肩で荒い呼吸をしていた。


わからない、わからない。

そのナグモハルヤという男が、私の失ったものが、私自身が、

わからない!


苛々して無意識に左手で髪を弄ろうと手を持ち上げようとし、ある感触に気づいた。
私の左手は体温の高い手に力なく握られていた。そしてその手の持ち主は、私の寝るベッドに頭を転げて寝てしまっているのだ。

そして私はあろうことか、その寝顔に目を奪われてしまったのだ。同時に、妙な懐かしささえ感じる。

「…はる、や…」

その男の名前を微かに口にすると、脳が酷い既視感に視まわれ、くらくらと眩暈がした。

知らない筈なのに、知っている気がする。なのに分からない。
その整った顔も私と同じ大きさの手も少し高い体温も静まった息遣いも全部全部、知っているはずなのに、私は知らない。

自分の左手に絡まった彼の右手を持ち上げ、右手でそっと手の甲を撫でてみた。私の意思に反していつの間にか頬を伝って流れ出ていた雫がひとつ、そこへ落ちていった。




そこに残った誰かの体温


(確かに近くにあるのに、)

(どうしてこんなにも遠いんだ)












end










*****

紗英理様、2万打フリリクありがとうございました。リクエストは『記憶喪失ネタ、忘れる方は風介』でした。

まず、大変お待たせしてしまった事をお詫び申し上げます。すみませんでした。
記憶喪失、手を出したいとは思っておりましたが考えれば考えるほど深みに嵌っていくと言うのはまさにこういう事ですね。考えすぎた結果伝わりづらい文章になってしまいまして、お待たせした割につまらなくて申し訳ないです。
晴矢と風介はいつも一緒にいるので、お互いのほんの些細な変化にも気づくのではないかと思い、執筆させていただきました。ただ片方の視点だけでは限界がありまして、前半は晴矢、後半は風介という形を取りました。長くなるので割愛しますが要はお互いを想い合うが故に二人とも苦しむと思います。
本当に申し訳ございません…!書き直しはいつでも承りますので!
リクエスト、本当にありがとうございました。

紗英理様のみお持ち帰り可。


title by 確かに恋だった


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