03
咲織とは、頼幸の祖母であり澪の祖父の唯幸の相棒と言える女性だった。
しかし、性格に難ありの女性だったのでその孫の頼幸もいろいろと恐れられているのだった。澪や靖紀も未だに偉大な祖父の所為で恨まれたり恐れられたり、と色眼鏡で見られているような感覚に陥っている。
「あ、あの頼幸様…」
「なんだ?」
「頼幸様は、その…今までにどんな妖怪とお会いしたんですか?」
頼幸はきょとん、とした表情になった。
そして、えーっと、と呟きながら指折りして今までに会った妖怪を数えている。
両手を2回くらい指を動かしながら、頼幸は澪の方を見る。
「20くらいか、それがどうかしたのか?」
「実は…」
澪は、頼幸に一昨日陰陽寮で小鬼に襲われたことを少しだけ話した。
頼幸は驚いた顔をしたが、すぐに眉間にしわを寄せた。
「結界が弱まっているようだな。靖ちゃんに相談して強めてもらうように頼んでみる」
「有難うございます…あの、靖紀兄様も陰陽術使えるんですか…?」
「いや、あまり得意ではない筈だ。靖ちゃんは勉強で陰陽頭になったような奴だ。陰陽術が得意な男は別にいるから、そいつに頼む。」
靖紀が陰陽術を使う姿をまったく想像が出来なかった澪は、陰陽術より勉強で陰陽頭になったということを聞いて納得した。別に得意な人はいるのだ。
「どんな妖怪に会ったんですか?」
「…えーっと、覚えている限りなんだが…。海坊主の長髪の優男とか」
「夕霧…?」
「そうそう。夕霧。知っていたのか?」
「ちょうど昨日、宮に水妖の都に連れていかれて…」
頼幸は何となく納得したような表情になった。
「成程。夕霧は結構京の都にも薬草摘みに来たりとかでよく会うぞ」
「そうなんですね…!頼幸様はその、夕霧とはどんな用件で…」
「呪術専門の勉強していると聞いて。呪いを受けた時に見てもらった」
「そ、そうなんですね…!夕霧ってとても優しいですよね、妖怪にあんな優しいのがいるなんて思わなかったですよ」
澪がそういうと、頼幸は表情が固まった。
「君は、アイツの性格をよく知らないのか?」
「…え?」
「…いや、何でもない」
夕霧の優しい温和な雰囲気からは、まったく想像できないほどの荒々しい戦いぶりや口調の事。滅多には見せないが、彼が激怒した時などはそういう姿を見せるのだ。
それこそ、「海坊主」の伝承のように海が荒れるほどのものだったのだ。
夕霧本人はその姿をできるだけ見られたくない、と思っている。
だからこそ、激怒した姿などを他人に見られないように必死に隠しているし、匂宮や他の妖怪達にも口止めをしている。
隠し事を他人がべらべら喋られたら、あまり気持ちのいいものではないだろう。
「他には…確か、戦い好きな烏天狗とか…、化け猫とか…その辺かな。この辺は強くて、互角だった奴らばかりだから記憶に残っている。あと、赤毛の優男風の鬼とか」
「鬼…」
澪は、左腕を右腕できゅ、と握った。
「他はあんまり覚えていない。」
「いろいろな妖怪にお会いになっているんですね…」
「まあな。あんまり俺自身は見えないけど、口調とかそういうので判断しているから曖昧だ」
澪は、頼幸が無口で突拍子もなく睨んだり荒々しい性格だと思っていた。しかし、話してみるとちゃんと人の話を聞いてくれたりと優しい男性だった。
下を向いて喋っていた澪が、少しだけ頼幸の優しさが伝わってきて顔…はやっぱり直視できないけど、頼幸の方を向いて喋ることが出来た。
「いえいえ、教えてくださって有難うございます。ところで…靖紀兄様は見ていないですか?」
「靖ちゃんか。靖ちゃんは東宮様に呼ばれていた。四半刻くらい前からだな」
長くてもそろそろ話は終わるんじゃないか?と言ったので、靖紀の部屋で待とうと澪は思った。頼幸に部屋に案内してもらって、部屋に入った。
部屋の中は、いろんな書簡や巻物が混在していて散らかっている印象だ。掃除してあげたい、と思ったが勝手にものを動かして紛失などが起きてしまったら靖紀に申し訳ない。
「早く帰ってこないかな…靖紀兄様」
とりあえず机に散らばった書簡だけは揃えておこうと思い、澪は机の側に行く。
机には、筆やら硯やらが出しっぱなしだった。
硯には墨汁も入っていて、乾き始めている。乾いてしまったら洗うのも大変だし、衛生的にもよろしくない。
澪は陰陽頭の部屋から出て、すぐ側の水汲み場に向かう。柄杓で水を汲みながら、水を流しながら持ってきた硯と筆を洗い始めた。
「なかなか取れないなぁ…」
水を掛ける度に、墨汁が流れ出て黒い水が出る。その黒い水がでなくなるまでごしごし、と洗い続ける。
「よし、大分綺麗になった…!靖紀兄様にちゃんと言っておかなきゃね…!」
10分くらい洗い続けていると、大分綺麗になった。
綺麗になった硯と筆に、ボロボロの手拭いを巻いて水気を取った澪は、そのまま陰陽頭部屋に戻った。
「澪」
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