妖縁 | ナノ

10


「本来は入られへんけど…」
「…そっか」
「まあ、一番結界が強いのは…瑛渡(えいと)帝がいる所と中宮様の所だから、陰陽寮はそこまで強くはない筈やで」
「本当??」

澪は表情が明るくなった。

「まあ、俺らがどう言っても…宮ちゃんがどれくらい動けるか、がわからんから…。澪の出仕の時に来てもらえるか?」
「それは構わんぞ」

匂宮は頷く。
一度自分が行ってみないとわからないだろうし、匂宮自身は澪から離れる気は更々ない。

「ちなみに、何時に出仕なんだ?」
「朝の六時やね」
「ろ、六時!?」

澪と匂宮は驚いた。

「真夜中じゃない!」
「そういう風に決まってるから、仕方ないんよ。起床は三時な」
「三時〜〜!?」

茫然する澪と、匂宮は唖然としてしまった。

確か唯幸の時も、彼は京の都で朝三時に起床していると聞いたことがある。
朝からお祈りしたり、日記を書いたり…と、いろんなことをやるとは聞いていたが。
出仕の時間がこんなにも早いとは…。


勿論…仕事自体は十五時には終わるらしいのだが、匂宮には九時から十八時の化野の仕事形態しか知らないため、衝撃だった。

しかし、妖狐は夜行性で昼夜逆転している為…朝の九時といっても外は真っ暗だ。


「起きれるか不安…。宮、もし私が起きなかったら起こしてほしいな」
「え…それくらい自分で起きろ」
「ええ…最初だけ…お願い…!」

最初だけなら、と仏心を出してしまってはいけない。
このままズルズル頼まれて日課になっては、澪のためにならない。
第一自分が面倒くさい。


「自分で起きろ。澪のためにならん」
「むぅ」
「そうやで、自分で起きんといかんやろ?頑張らんね」

二人、仲いいなあ…とニコニコ見守っていた靖紀だったが、落ち込んでいる澪の肩を抱きながら優しく声をかける。まるで恋人同士のように、自分の妹にベタベタする靖紀に、澪は内心うんざりしているのだが。


「で、一応陰陽寮では女の子も何人かおるし…男ばっかじゃないから安心してな」
「そ、そうなんだ。よかった」
「でも、ほとんどが『女房』の方に行っていたりするから…あんまり期待せんでな」
「う…」

靖紀は、澪から離れて匂宮の方を見る。

「宮ちゃんは、澪の護衛…という感じなんよね?」
「そうだ」
「主従の術、でねえ…それは大変よなあ。」
「文句は唯幸に耳の鼓膜が破れるほど言いたいがな…」
「他の陰陽師に何か言われるかな…」

澪は心配そうな顔をする。しかし、靖紀は笑みを浮かべて澪に優しく言う。

「俺から言っておくから、澪は心配せんでええよ」
「…」
「うちのじーさんが護衛につけとる『式神』とでも言っておけばいい」

今度は匂宮の表情が曇った。

「…式神、か…。」
「あ、宮ちゃんが嫌なら別にいいけど…。まあ、俺が他の人達には重々説明しとくし、澪の教育係に任命する人にも言っておく」
「…じゃあ、お願いする」
「おう、まかせとけ」

靖紀は匂宮が了承してくれたことに安堵した。
そして、その後は澪に出仕の事についていろいろと話を始めた。

服装や髪型、出仕から半年は見習い扱いで色んな雑務をこなさなければならないこと。聞いてて頭が痛くなりそうだった。

「澪、少し席を外す」
「うん、わかった」
「…では」

匂宮はその場から立ち上がって、気分転換に屋敷内を歩き始める。
きゅっきゅ、とウグイス張りの床が鳴る音を聴きながら進む匂宮。

「ここでは火事になったら大変だな」

ふと思い立って、彼は屋敷からそっと抜け出した。
たたた、と走りながら澪の屋敷の近くにある、小高い山の方へ向かった。


山に着いた。だいたい屋敷から六百メートルほど離れた場所。
そのなかで一番高い木に彼はするすると登り始める。

太い枝に腰をかけ、その木から百メートルも離れている木に向かって、匂宮は主従の紋が刻まれた左手を出し、指を開く。

すると、左手から青白い何かが現れた。青白いものの正体は「炎」だ。


狐火とは、火の気のないところに、松明のような怪火が一列になって現れ、ついたり消えたり、一度消えた火が別の場所に現れたりするもの。
正体を突き止めに行っても必ず途中で消えてしまうという…そんなキツネが化かすような炎。これが『狐火』と呼ばれているものだ。


妖狐の者は、好きなように妖狐の火を使うことが出来る。
妖狐の中でも匂宮は、狐火を使う力に関してはかなり優れている。

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