▼ 09
エドヴァルトは床に落ちていたバラバラになってしまった真珠を拾い始めた。エステルも同じように拾う。唯一髪に残っているのは、紅色のリボンだけだ。
「薔薇のは壊れていないみたい。よかった…」
「それはよかった。でも、こっちはバラバラになっちゃったね」
「あとで、フォティア達に修理してもらうわ。とりあえず何か箱にでも入れておきましょ」
エステルは箱代わりになるものを探した。
丁度いい大きさのものはなく、とりあえず空っぽになっていたカップに落ちていた真珠をいれる。
「ねえ、左手…親指おかしくない?どうかしたの?」
「あ…殴ったときから痛い…みたいな?」
「みたいな?見せて」
エステルはゆっくり左手を開いた。親指が少しだけぎこちなく動く。腫れてる様子はないようだ。
エステルがユーグを殴ったとき。咄嗟に左手で殴ったのだが、その時にうっかり親指を握りこんで殴ってしまったのだ。
一応は親指は曲がるのだか、何かおかしい気がする。
運の悪いことに、左肩は前の暗殺未遂事件の時に怪我をした方だった。さっきの衝撃で傷が開いたかもしれない、とエステルは青くなった。
「突き指していそうだね。じゃあお医者さん呼ばないと。先に冷やした方がいいかな…」
エドヴァルトはエステルの指を優しく触りながら、辛そうな表情をした。
「痛かったね。指も背中も…」
「い、いや…元はと言えば私が悪いのよ?勝手にキレて相手殴った上に…怪我」
「エステルは悪くないよ。大丈夫。…とにかく終わったんだよ。エステルはこれで、内政に集中できるね」
「そ、そうね」
エドヴァルトは女官を呼んで、部屋の片付けとエステルの髪飾りをお願いした。そのまま、エドヴァルトはエステルの手を握りながら、離宮を出た。
「ねえ」
「ん?」
「歩けるのに、どうして杖なんか持つの?しかも仕込み剣のやつ…」
エステルは先程の疑問を尋ねた。
ユーグと二人頭に血が上ったとはいえ、杖の音も足音も聞こえなかった。それに杖の…剣で言う鞘部分は最初にエドヴァルトがいた場所に落ちていたのだ。
つまり、彼はもう杖がなくとも難なく歩けるのだ。
「ああ、それはね。杖あるほうがやはり長距離歩くのに安心だし…仕込み剣あれば丸腰に見えるでしょ?」
「そうだけど…」
「俺のことを見下す人…大臣達にもいるだろう?俺がこそこそ影で動いても、そいつらにはバレっこない。俺は怪我人で役立たずとしか思われていないからね」
今の発言で、彼にも闇があるのだと一瞬思った。
やはり入り婿の立場なので、いろいろ言われることも多いのだろう。エステルは悲しくなった。
「どうして、私のも…黙っていたの?」
「ごめんね。…黙っているつもりは、なかった」
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