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「カテリーナ、エステル様困ってるわよ。」
「…失礼しました。出過ぎた真似を」
「気を付けてよね。ごめんなさい、からかうつもりはなかったんだけど…」
リュドミラはカテリーナを諌めた。
リュドミラは失礼しました、と言わんばかりに頭を下げる。
「いえ…気にしていませんので…」
「あ、ところでエステル様。明日か明後日に街の方行ってもいいかしら」
「街へ…行ってもらうのは大丈夫ですが、何かありましたらいけませんし…誰か護衛お付けしますか?」
「ん〜ぞろぞろ引き連れるのは…」
リュドミラは扇子を口に当てながら渋るように考える。エステルは誰かに声掛けようかと思ったが、地形に詳しい者の方がいいだろう。
するとすぐにディアナの顔を思い浮かべた。
彼女なら地図も持ってるし、エステル達の護衛として一緒に街にも行くこともある。案内にはちょうどいいかもしれない。
「うちに女性の騎士がおりますので、その者にお願いしてみようと思っています。その者なら多少は街の地形も理解しております」
「女の人なの…?うーん、そうね、お願いしようかしら」
了承してくれたリュドミラに、エステルはほっと一安心した。
「わかりました。」
「あ、30分過ぎちゃった。すみません、約束の時間なのでエステルと俺は失礼します。お三方はお茶とお菓子楽しんでくださいね」
「は〜い。またね、エステル。」
エステルはエドヴァルトに引っ張られるまま、部屋を退室した。
「珍しいわね、エドから言い出すの」
手には2枚の書類がある。
「バルト公に頼んでいた書類これだよね」
エドヴァルトがエステルに見せた書類。それは、エステルがバルト公に頼んだ、クレムリンとシェーンブルーの同盟に関する書類だった。
「え…?」
…何故エドヴァルトが書類を持っているのだろうか。
エステルの頭には疑問符でいっぱいだった。
「バルト公から…預かったの?」
「違うよ。俺が書いたの」
「…え?」
エステルの瞳が大きく見開かれた。
書類を見てみると、少し特徴的なエドヴァルトの字が並んでいる。本当に彼が書いたのだろう。
「バルト公、書類頼まれた日にちょっと体調悪そうだったんだよ。急ぎじゃないって言うから、俺が代わりに書くよと言ったんだ」
その日。
エドヴァルトは体調が悪そうなバルト公を見かけて声を掛けた。大丈夫と言い張るが、あまりに顔色が悪かったのでエドヴァルトがそのまま仕事をもらって、二日間は休むように言ったのこと。
そして、朝にバルテンシュタイン家からの使者に、バルト公が控えで持っていた過去の同盟締結の書類を預けるようにお願いしたのだった。
エドヴァルトが文を書くお手本に使えるように。
アドバイスも混みでいろいろ書いてあってすごくわかりやすかった。
「ということで、俺が代わりにもらってたってわけ」
「そうだったの…」
エステルはその日の事を思い出した。
確かにいつもより咳が出ていたような…ただの風邪でしょう、と言った彼の言葉をそのまま信じてしまった。
そんな体調が悪いバルト公のことを見逃してしまって、エステルは申し訳ない気持ちで一杯になった。
「…気づかなかった。」
「バルト公ってさ、たぶん義父様の時代から病気したとしてもそんな素振り見せなかったんだろうね…。」
「…」
「バルト公も、これからもずっといる訳ではないし…いつかは隠居するでしょ。」
「うん…」
バルト公は外見だけはかなり気を付けている為に、見た目は40後半くらいに見えるが実年齢は50をとうに過ぎている。
60歳に手が届き添うな年齢。隠居して余生を過ごす年代も多いのに…と思うと、バルト公には感謝の気持ちしかない。
今のような仕事人間で生きると早死にしてしまうかもしれない。
「新しく宰相や政治の事がわかる人にバルト公のお仕事の事を教え込まないといけないんじゃないかな」
「…そうね。誰か良さそうな人いたら紹介してもらえる?」
「いいよ。探してみるね」
エドヴァルトはにこにこして答える。
「貴方の見る目は信用しているからね」
「それは光栄だ。じゃあ頑張って探さないとな〜」
エステルは執務室に入ると、エドヴァルトが椅子を引いてくれた。
紳士だな、と思いながらエステルは椅子に座る。
「ところで、これ。文章大丈夫そう?」
エステルはエドヴァルトから書いてもらった書類を確認する。
誤字や変な言い回し、それに誤解されるような文章などはなさそうだ。
エステルは文字を全て読んだ後に書類から顔をあげた。
「…うん、大丈夫、だと思う。」
「有難う。これを彼らが出立する前にサインしてもらえば正式に同盟結ばれると思うよ」
「うん。わかったわ」
エステルは明日、明後日のどこかでリュドミラにこの同盟の締結書を渡そうと決めた。
「…エド、ちょっと話を聞いてくれる?」
「?」
「あのね、リュドミラ様とカテリーナ様の事なんだけど」
エステルは二人に関していろいろと思ったことを話した。
エドヴァルトは話しを聞きながら、驚きの表情に変化する。
「…」
「まさかとは思うんだけど…これを見て」
エステルはエドヴァルトに見つけた肖像画を見せる。
エドヴァルトは納得したように頷いた。
「これは…成程ね。」
「ね?」
「それも含めて、今度聞いてみたらどう?」
「そうする」
エステルは書類をテーブルの一番上に置いた。
…明日、リュドミラが街へ出かけてからあの人に聞いてみよう。
そう思いながら、エステルは残しておいた仕事に取り組むのだった。
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