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「ちなみに、カテリーナ様との関係って…」
「カテリーナは私の異母妹だ。2歳違いのな」
「…異母妹」
血が少し繋がっているからこそ、カテリーナとリュドミラは顔が似ていたのかとエステルは納得する。髪の色こそ違ったが、リュドミラ本人が母親のエカテリーナに髪色がそっくりだった為、父親の髪色にカテリーナは似たのかもしれない。
「うちの父親は結婚離婚多く愛人までいたか…。私の異母兄も異母妹も数えれば10人以上いる、と思う。正確には把握できていない」
「…」
エステルは、クレムリンの王家が異世界のように思えた。
しかし、実際はシェーンブルーのエステルやバルタザールの生涯1人を愛するタイプの人の方が珍しい方だ。
しかし、敬語が取れたリュドミラは女帝の貫禄さえにじみ出るほどの存在感と雰囲気だった。きっと、ちゃんとしたドレスを着てマントを付けて玉座に座れば女帝と言われるにふさわしい見た目だろう。
「…そうだったんですね」
「街に行きたいと言ったのは彼女が普段、宮殿ではなく街の方で暮らしているから。シェーンブルーの街並みとかも見ておきたいんだと思う」
「…」
「私の指示ではないからな」
「はい」
エステルはどこかほっとしたような表情になる。
カテリーナも何か事情があって宮殿ではない方にいるのだろう。
今は街を楽しそうに観光している事を願う。
リュドミラはエステルが喋らなくなったので、書類の方にサインをし始めた。
「エステル陛下。」
「はい」
「君のその髪の毛…金髪は、母親似か?」
リュドミラはペンを動かしながら言った。
「母似ですね。母方の家はブラウンシュヴァイク家です」
「…ブラウンシュヴァイク家…やはり」
「?」
「…いや、なんでもない」
リュドミラはちら、とエステルの顔を見たがすぐに書類に目線を落とした。そしてペンを置いてエステルに渡す。
「どうぞ」
「有難うございます…!」
エステルは紙を受け取る。
「あともう1枚あるんですけれど、そちらの方は先日言っていたドレスデンでの使者同士で代筆する時でもいいですか」
「うむ、いいぞ。」
「有難うございます。」
本当はこの場でシェーンブルー所持の分と、クレムリン所持分で揃えようと思った。しかし、今この場はエステルとリュドミラしかいない。
ちゃんとした大臣達が「公式」の場で、中立地などで使者が同盟締結をする方がいい。その方が大臣達にも「役割を与えられた」という事で、プライドだけは一級品に高い人たちも満たされるだろう。
他の周辺諸国に対してのアピールになる、という理由もある。
「リュドミラ様。改めて、同盟相手としてよろしくお願いしますね。」
「こちらこそ、よろしく頼む。エステル陛下」
リュドミラはニヒルに笑う。
正直、「悪の女王」と言われてもおかしくないほどの悪役顔になった為エステルは一瞬ビクっと震えた。
「地顔なんだ…」
「す、すみません…」
「いや、いい…私もセーニャも慣れてる」
セーニャ、というのはたぶんエフセーイの事だろう。
クレムリンでも仲のいい人の事は愛称で呼ぶのかもしれない。
「あ、あの。エフセーイさんって実際どういう役職なんですか…?」
「セーニャ?セーニャは私の愛人だ」
「あ…愛…」
聞けば、リュドミラは貴族達から凄まじいほどに結婚相手について口酸っぱく言われたらしい。その相手によってその貴族の争いが勃発することも想定できたリュドミラは、それをすべて断った。
その為生涯独身を貫く、ということにしているらしい。
しかし、その時に宮廷にきた音楽家兼軍人だったエフセーイに出会い、彼を通して軍部にも「いろいろ」動くことが出来たために愛人にしているとのことだった。
「まあ、彼は出世したいとかそういう欲もないし。うるさくもないしこちらの邪魔をしないから丁度よくてな。」
「…」
エステルは未だにぽかーんとしている。
「愛人」というのがエステルにとってのパワーワードだったらしい。
「君は初心なのか…?愛人なぞ私の所もだし、トリアノンには公妾と呼ばれる愛人制度があるだろう」
「う、初心じゃないですけど…私には到底無縁すぎて」
「ほう。それほど夫君といちゃらぶということか」
「リ、リュドミラ様!」
――今、リュドミラにからかわれた?
エステルはリュドミラに対して一瞬怒りそうになったが、同盟結んだばかりでまだ自分たちは関係も浅い。それだけで喧嘩などになったら同盟にひびが入る。エステルは我慢して咳払いをする。
「失礼しました。お帰りになるのって…」
「予定を早めて明日には帰る予定だ。あまり離れていると面倒くさいことになるから」
「そうなんですね…。今日は署名の方有難うございました。残り少ない日々ですが楽しんでくださいね」
「ああ。有難う」
エステルは書類を持って、椅子から立ち上がってその場から離れる。
エステルがいなくなったのを確認して、リュドミラはポツリと言った。
「またこっそりシェーンブルーに来ようかな。今度は別の変装を考えねばいかんな。」
しかし、エステルの見た目がかつて自分の恋した相手にそっくりだったのは驚いたな、とリュドミラは目を覆いながら思う。エステルの母方の家を聞いて、『彼』の母方の家と同じだということがわかった。
「まさか、彼の従姉とはな…」
脳内に『彼』の笑顔が出てきたが、それを打ち消すようにリュドミラは目を開ける。異母妹が帰ってくる前に、クレムリンに帰る準備をしないといけない…と、リュドミラも部屋へ帰った。
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