小説 | ナノ


▼ 05

それに、ブラウンシュヴァイク家の姫とユーグの結婚は当時のゲルマニクスの王であるガスパールの命令だった。ブラウンシュヴァイク家の当主は非常に悩んでいた。


失意のまま、街をたまたま訪れた当主は。
亡くなった娘に瓜二つの娘、ヒューリアを見つけたのだ。

背丈も同じ、髪の色も目の色も同じ。
ただ、表情がくるくると変わる所は娘のユーリアとは違った。
本物の「ユーリア」は高飛車で性格の悪い子だったが、ヒューリアはそんな性格が悪い部分は全くなかった。性格が変化した自分の娘を見ているみたいだ、とブラウンシュヴァイク家の当主は思った。


…ヒューリアの家は非常に貧乏だった。
ヒューリアの父は戦争で亡くなり…母は結核で倒れていて、床に臥せっていた。もうベッドから起き上がれないほどの症状だった。

その為、ヒューリアが一人でパン屋である自分の家のお店を切り盛りしていたのだった。


ブラウンシュヴァイク家の当主は、ヒューリアに亡くなった娘の代わりに…養女に来てくれないかとお願いした。その条件に、ヒューリアの生母にお金を渡して最先端の治療を受けられるように動いてくれるという申し出をしてくれた。

「でも…」

と渋るヒューリアに、ブラウンシュヴァイク家の当主は「お願いします」と何度も頭を下げた。ヒューリアは非常に悩んだのだが、ブラウンシュヴァイク家の当主が平民の自分に対して土下座する勢いで頼みごとをする姿勢や必死にお願いする姿を見て…。


そして、ヒューリアの生母の病気の治療を受けさせてくれる、という提案を聞いて。


「わかりました」
と、ヒューリアは承諾した。


平民のヒューリアではなく。
『ユーリア・クリスティーネ・フォン・ブラウンシュヴァイク』としてゲルマニクスの王家の王太子に嫁ぐことを。
承諾したのだった。


「だから、私の手は普通のお姫様みたいに手や指は綺麗じゃありません。料理や掃除洗濯を必死にしていたから、手は荒れていましたし…。昔怪我していた指の傷も残ったまま、だったんです」
「…」
「あの、陛下…騙していて…ごめんなさい…」


ヒューリアは、ユーグに頭を下げた。
その声は少しだけ、震えていたように感じた。


「…そうか。君は、貴族じゃ、なかったのか」


ユーグはなんとなく、今までヒューリアと何度か会った時に感じた違和感を思い出していた。


貴族なら知っていて当然のマナーやエチケット、作法を知らなかったり。
結婚当時にずっと手袋をしていた事。
それに、いろいろと陰口を叩かれていても全然気にしていなかったことも。

…何より、噂に聞いていた「ユーリア・クリスティーネ・フォン・ブラウンシュヴァイク」の人物像と全然違った彼女の事。


「もう、結婚を命じたガスパール様はもうお亡くなりになっています。その為、無理に私とユーグ陛下が結婚し続ける理由もありません…。離縁をしたいのなら、それを受け入れます」
「…」
「…陛下を騙していたことを考えたら、私は重罪になってもおかしくないと思います。どんな罰でも受け入れますので…お咎め受ける時は、ブラウンシュヴァイクの…父上には何も罰を与えないでください」


ヒューリアの言葉を聞いて、ユーグは黙った。

いくら、無理やり結婚させられたとはいえ。
彼女に対して愛情はないものの、彼女に対する情だけはあった。
結婚してもう7年も経つが、全然ヒューリアの事を知らなかったのが少々悔やまれる。


ヒューリアに対しては避けていたし、どちらかといえば冷遇していた。
喋りもしなかったし、夕食や行事関係以外は同席もしなかったし部屋も別々だった。

喋ったとしても、「夫が妻に」としてではなく、「ゲルマニクス王としてゲルマニクス王妃に」喋っていた。どこか他人行儀で、彼女に関心すら抱かなかったように思う。


それに対してヒューリアは何も文句は言わなかった。
それに、ユーグに対しては特に関わってこようともしなかった。

それは、「平民の自分が王族のユーグと関係を持つのはおこがましい」と罪悪感を感じていたのかもしれない…と悟った。それほど、彼女は自分の身分に対してコンプレックスを抱いていたのだ。


「…」
「…」
「別に、騙していた事とかは何とも思っていない。『王』からの命令に逆らえないのは仕方がない。」
「…でも」
「僕は結婚に興味がない。君が平民だとか貴族だとか…そんな身分程度で僕は接し方を変えない、と思う」
「…陛下」


ユーグは小皿に少しだけ残っていたジャムを指で拭い、それを口に入れる。
ほのかなアプリコットの酸味が、口の中いっぱいに広がる。
正直、自分好みの味だった。


「ごちそうさま。」
「あ、ユーグ陛下…」

ユーグは立ち上がって、名前を呼んだヒューリアを一瞬見た。
しかしそのまま、ユーグは部屋を出て行った。

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