ほんの少し指を動かせば隙間からさらさらと金色が零れていく。砂のように、水のように。
それがあまりに綺麗だから、惜しいから。抱きしめる腕に力を込めれば彼女を包む紺色の生地が深く撓んだ。

「制服、皺になっちゃうよ」
「予備のがあるだろ」
「そうだけど、いい加減着替えさせてよ」
「んー…もうちょっとだけ」
「レン、さっきからそればっかり」
文句を言いながらも拘束から本気で逃げだそうとはしない。唸るように小さく身じろぎするだけだ。リンは昔から俺に甘い。
「課題は?古文の」
「やってない」
「早くやりなよ」
「あとで。今は忙しいの」
「どこが!ぐうたらしてるだけじゃない!」
「ぐうたらするのに忙しいんだよ。休息も必要だろ」
「あーもうっ!」
ああ言えばこう言う、とリンは眉を顰めた呆れ顔でこちらを睨む。
リンのもっともな正論に比べれば俺の言い分はまるで野比のび太で、そんな顔をされるのもしょうがない。だけど考えてもみてほしい。
一日分の学業を全うして、なんにも(課題以外)やることがなくなった午後四時過ぎ。
最近は少しずつ日が長くなってきたおかげで窓からは網膜が痛まない程度の柔い光が入り込み、今日という日がまだまだ続いていくような幻覚に陥らせてくれる。昨日の雨が冷たく湿らせた部屋の空気も西日で惚けたように温められて、誰だって昼寝をするために誂えられたみたいな最高の日和だと思うはずだ。
何より今日はいつも部活動に委員会にと忙しない双子の姉が珍しく早く帰宅している。休日以外でリンとゆっくり過ごせる貴重な時間をカビの生えた大昔の文字との睨めっこに費やすなんてとんでもないことだ。リンとふたりで遅めのシエスタ決め込む以外の選択肢がどこにあるだろう。
選択権も決定権も着替える間さえも与えられずにベッドに連れ込まれたリンは不満そうだけど、たまに早く帰ってきた日ぐらい弟の抱き枕になってくれてもいいと思うんだ。
……まあ、こんなこと言えばリンの眉間の皺が更に深まるだろうから口にはしない。我が儘な本音は喉の奥に飲みこんで、宥めるようにゆっくりとリンの背中を撫でた。
「平日に昼寝なんて贅沢だろ?リンもたまにはゆっくりしなよ」
「こんな時間に寝たら夜に眠れなくなるよ」
「別にいいじゃん。明日行ったら休みなんだし、ちょっと夜更かししても大丈夫だって」
「…じゃあ、せめて着替えさせて」
「うん。でもあとちょっと、十分、いや五分だけ」
「私はお布団じゃないんだけど。はあ……いいよ、もう。レンのひっつき虫は今に始まったことじゃないし」
「……へへへっ」
ほら、やっぱりリンは甘い。だから俺もずっと姉離れできないんだ。
「なにニヤニヤしてんの?」
「んー?優しい姉さんがいて幸せだな〜って思ってさ」
「はいはい。ほんと調子いいなあ」
本当にそう思ってるんだけどなあ。
こうやって甘やかしてもらえるのが嬉しくて、腕の中に収まったリンの体温が気持ちよくて、身体の内側がほんわりと温かいもので満たされていく。
本当に、俺ってすっごい幸せ者だ。
Security Blanket








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