窓の外から幾つかの賑やかな声が聞こえる。
なんとなしにそちらに目をやれば小学校低学年くらいの男の子が3,4人。
そのうちの一人の手によって鮮やかな色彩の揚羽蝶が四角い籠の中に閉じ込められているところだった。

「…虫捕りって現存する遊びだったんだ」

この辺りは都会と呼べるほど発展もしていないが、そこまで田舎ってわけでもない。
昆虫採集ってもっと緑が多いところでやってるイメージだったけど、そうでもないのかな。
ああ、でも小学生の時に夏休みの自由研究で蝶の標本を提出した子がいたっけ。
クラスの女子はみんな気持ち悪がっていたけど、男子たちは夢中になって廊下に展示された小さなガラスケースを眺めていた。
その時は、虫の死骸なんか見て何が楽しいんだろうって不思議だったけど。


新たな獲物を求めて駆け出す少年たちを見送っていると、不意に肩に自分以外の重みを感じた。

「何見てるんだ」

声が降ると同時に後ろから腕が回される。何も身に着けていない素肌同士が触れ合う感覚が背中から伝わる。
首を捻ってそちらに目を向ければ、寝ぼけた彼の顔が見えた。

「おはよ、レン。やっとお目覚め?」
「ん」

唇を閉じたままで掠れた声を返してくる。
絶賛寝起きモードって感じで、さっきのわんぱく少年達と比較することさえ申し訳ないほどに不健康そうだ。
あ、眠りにつく前にしていたことを考えれば不謹慎のほうが適切なのかな?

「で、何見てたの?」
「男の子がね、外で虫捕りしてたの」
「ふぅん」
「元気だよね〜。昼過ぎまで寝てる誰かさんと違って」
「んー……誰のことだろうな」

わざとらしくとぼけながら腕を強く引っ張られて、全身が白いシーツの上に沈む。
さっきまで窓の高さにあった視界は反転し、私の瞳にレンと天井だけが映りこむ。

「レン?」

レンは何も言わない。ただこちらを見つめるだけ。
それでも熱の籠った瞳から、手首を縫いとめる汗ばんだ手から、僅かに吊り上った口の端から悪戯めいた劣情が感じられて、寝起きだっていうのに発情したんだなこいつ、とすぐにわかった。

「………ふう」
「いや?」
「嫌じゃないよ。ただ…」

ただ、

「蝶々の標本みたい」

レンは少しだけ私の言葉の意味を考えて、すぐにやめた。それが大して意味のない言葉だと思ったんだろう。
……少しだけ寂しい。

ゆっくりと彼の顔が近くなる。逸らされることのない瞳がまっすぐに私を刺していく。
深い深い青の視線が背中を貫いて、動けません。動きません。

「リン…」

彼の声を合図に、私は硝子の匣の中に堕ちていく。
幼い指がそっと気管を圧すように、ふたつの唇が静かに重なった。



さあ、きずを飾って



留まる話。「シミ」と対になっています。


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