私の恋人は過保護である。心配性ではない、過保護である。何かあるごとにああなってないかこうなってないか何かあるかもしれないからこれもってけあれもってけ、一人で大丈夫か何かあったら電話しろよむしろ俺もついていこうか?とかなんとか言ってくる。うるさい。私は彼より二歳年下だからまあ、年下扱いぐらいなら仕方ないと思う。しかし、子供扱いだけはどうにかしてもらいたい。私ももう26。子供、青少年じゃないのだ。巷では、アラサーと呼ばれる世代にあと一歩でなってしまうと言うのに。
この間だって、クルスニク家のシェフの帰りが遅いって言うから、私が夕飯の仕度をしていたのだ。簡単だけど少し手間がかかったように見えるハンバーグ。怪我をするような料理じゃない。それなのにあいつと来たら、大丈夫か手を切っていないか?玉ねぎ目に来たら交代するからな?挽き肉はとても冷たいからむりするんじゃないぞ?フライパンでやけどするなよ?オーブン使うのか、天板でやけど無理するんじゃないぞ、などうんたらかんたら。そしてとうとう私は切れてしまったのだ。まるで反抗期の女の子がパパに言うように、

「うざい!!」

と。私は手荒にエプロンを剥ぎ取り、ハンバーグもトマトだらけのサラダもそのままに、ユリウスの家を飛び出し、自分の部屋のある隣のロドマンションに戻った。
あれから数日、ユリウスからの連絡は無し。むしろ清々しい気持ちで私は日々の雑務をこなしていた。だって、毎日のように言われる注意が無いんだもの。羽を伸ばす思いだ。そしてまた少し時間が立った。ユリウスからの連絡はまだない。少しこのまま別れるかと不安になってきた。最低な女だとは思うがクランスピア社のトップエージェントと付き合えたのだ、このまま別れるのはすこしおしい。勿論、少なからずユリウスを愛しているのだから下らない独占欲だってある。ああもう、こちらから連絡しようか?いやしかし・・・そうも悶々としているとピルルルルと私の白いGHSが鳴る。画面にはユリウス、と表示されている。やっとか、なんて考えながら通話ボタンを押す。

「・・・もしもし。」

「名前さんか?」

受話器の向こうからは予想外の声がした。ルドガー君だ。どうして直接かけてこないのかと、一瞬疑問に思ったが、番号を交換していないことにすぐに気がついた。ユリウスめ、さては怖くなって弟にかけさせたか。

「名前さん・・・。兄さんと喧嘩したのか?」

「・・・喧嘩なんて大層なものじゃないわ。」

「なら、いいんだけど・・・。兄さんが、」

兄さんが、と歯切れ悪く言葉をつまらせるルドガー。ユリウスの身になにかあったのだろうか?気になって、わたしは続きを促した。

「下らない話なんだけどさ、兄さんがトマトに反応しないし、家に兄さんがいると空気が・・・淀むんだ。」

大方、ルドガー君もユリウスのあからさまな落ち込み具合がうざくなってきたんだろう。可哀想にルドガー君。仕方ないなぁ。私はルドガー君にすぐにそっちいく、とだけ伝えて通話を切る。マンションフレールの302号室のインターフォンを押す。ルドガー君はすぐに、恐らくカメラで確認もしていないだろう速さでドアを開けた。全く不用心だ。ルドガー君の後ろからは確かに淀んだ空気が流れていた。ああ、あの男は本当に。ルドガー君が部屋の奥に声をかける。するとガタタッと雑音が聞こえる。恐らくソファーでごろごろでもしていたんだろう。部屋に閉じ籠っていれば少しぐらい変わるだろうに。いや、ルドガー君が心配するのには変わりないか。緊迫した表情でルドガー君の後ろから顔を出すユリウス。何よ、そのシエナブロンクと遭遇したような顔は。私ははぁ、とため息をつく。視界の端で大男がびくりと方を震わせたのが見えた。

「今日の夜ご飯、私が作るわ。」

文句はそのあと。
ユリウスの顔がぱあ、と輝いた。