ジリリリリリ、と目覚ましが鳴る。もう五分、と手を伸ばす。タンタンタンタン、と軽快なリズムで誰かが階段を上がってくる。私は、あまりの起きたく無さにうーと唸った。ばたんとドアが開く。誰だ乙女の部屋に無断で入ってくる奴は。
「もー、なまえ!時間だよ、ほら、いつまで寝てんの!!」 「やだー」 「何そんな子供みたいなこと言ってんの!遅刻するでしょ!もー」
ばさり、とほわほわ温かい布団が剥がされる。私は抗議の声を上げるも犯人はサッサと折りたたんでベットの隅へと投げてしまった。その横で私をがっちりホールドして引きずりだすのだから何ともあざやかな手際だ。
「なんで制服干さないのさ、毎朝言ってるじゃん!」 「もーもーもーもーうるさいなあ!牛かって!」 「言わせてんのは誰さ!」
着替えるから出て!と背中を押す。早くしてよね!なんて聞こえたが無視だ無視。私はゆっくりとセーラー服に身を包む。確か気持ちしわしわだが座っている内に伸びるだろう。そんなことを考えていると下から毎朝ごめんなさいねーうちの娘迎えに来てくれてー、いやいや、もはや日課ですから!なんて会話が聞こえる。そんなこと言いながら家のおかんの作るうまいうまいメシに預かろうと言うんだろうお前。のんびりと着替えを済ませ下に 降りてくと奴は口の端にトーストのかすを付けていた。
「あら、おはよう」 「おはよう、口に食べカス」 「えっ?どこ?」
握りこぶしで乱暴に拭ってやると、痛い!と抗議の声が上がる。母にお弁当と朝食用のおにぎりを貰い、車庫から自転車を出し、後ろに跨る。
「何、その体制」 「分かってんでしょ、ホラ!」
そう言ってポンポンと黒いサドルを叩いてやると、肩を竦めてやれやれと首を横に振った。ははは、私がそんな朝から疲れることする訳ないじゃないか。第一、こいつが漕いだ方が速くて気持ちがいいのだ。
「快速、快速ぅー!・・・あ、速度落ちてるからもっと漕いでよ!」 「・・・なまえ、ここ、微妙に上り坂でおまけに長いの知ってるでしょ?」
あはは、と住宅街を赤い自転車が駆けていく。また、いつもの一日が始まる。
「やっぱさ、なまえ、幼馴染くんと付き合ってるでしょ?」 「はあ?なんで?付き合ってないよ?」 「いやいや、案外モテますから噂の彼とかもよ〜?」
素知らぬふり、と紙パックのココアをズゴーと吸う。
「えー?毎朝二ケツで登校して付き合ってない方が可笑しい!毎朝、起こしにくんでしょ?」 「奴は、朝食目当てで家に来るんだもん、私の目覚ましはそれの対価ですう」 「うわーうらやましい!朝一でイケメン!少女漫画かよ」
きゃいきゃいと食後のデザートのチョコを食べながら騒ぐ。案外、この時間は幸せだ。そう、この恋愛トーク以外ならね?
「でさー、こないだ見た噂の彼とはどうなのよー」 「どうもこうも、弟の友達だし」 「えっ!?年下?うっそ!」
驚きのあまり、ちあきのチョコがばりと複雑な割れ方をした。あ、やば、カス落ちたとパタパタとスカートをほろっている時がらり、と前のドアから誰かが入ってくる。地毛というあのあざやかな橙の毛の持ち主は一人しかこの学校には居なかった気がする。
「あれは、ふつーに年上に見えたね、だって色気やばかったもん」 「完全あれは落とす気で来てたね」 「へー、俺様もその話興味あるー」
彼氏のもとへ行ったりこの席にどかりと奴が座る。両隣でちあきとえみがきゃあと嬌声をあげた。
「お前に話す話なんてない、散れ散れ」 「ばっか、お前!むしろ、今からなまえに根掘り葉掘り聞くからいなよ!」 「そうそう!」 「まじ?じゃあ、俺様時間までここにいちゃおー」
で、その色気たっぷりの年下って奴誰なの?とにっこりと営業スマイルで微笑むそいつは私には悪魔の笑みにしか見えなかった。
「弟の友達。確か一年」 「あきらくんの友達?同じクラス?」 「知らないよ、聞かないもん」
チョコをまた一口。あーおいし。両隣で痴話げんかだ、痴話げんかだとはやし立てられてるのなんて知らない。目の前のイケメン君(仮)がふーん、そうというのと同時に予鈴がなる。
「ほらほら、時間だから巣にお帰り」 「本鈴まであと五分あんじゃん!」 「あんたんとこクラス一番端じゃん、しかも次うちのとこは移動ですしー」
納得いかないと言う顔で立ち上がったそいつはじゃあ、また帰りねと言って帰って行った。あいつなんなんだ。両隣でまた妙な歓声が聞こえた。
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