「なまえちゃんはさ、俺様がなんなのか気にならない訳?」
「えっ?どういう事ですか?」

佐助さんの突飛な発言に私は目を丸めた。すると、佐助さんは目を細めて、似てるよね、と呟く。私はああ、と合点が行った。

「佐助さんは、佐助さん、ですから」

ぎゅ、と熱いお茶が入ったマグを握る。

「そうだね」

その会話はここで終了した筈だった。しかし、私の中では何度も反芻されていた。そっくりな彼は一体何なのだろうか。確かめる術もないのだからその答えはきっと分からないと思う。あのときはああいったけれど、私自身彼とあの人を混同させている部分はある気がする。あまりにもそっくりすぎるのだ。まるで、彼とあの古いアパートであの日常の続きを送っている気分になる、彼はもうここには居ないと言うのに。リビングに置いてある彼の写真に目を遣る。私と彼が映った笑顔の写真。太陽の陽を浴びて燦々と輝いていた。空になり、冷たくなったマグを握るとひやりとした感触が手に伝わる。しばらくするとサイレンが聞こえた。正午を知らせるサイレンだ。あの会話から随分考え込んでしまっていたらしい。佐助さんはここ数日、外に出ているらしく家には居ない様子だった。料理するのも煩わしいのでコンビニでお昼を済ますことにした。今日の気分は麺だから何を食べよう
、パスタにしようかラーメンにしようか、焼きうどんや油そばもいいなあ。どれにしようか、なんて陳列棚で立ち往生していると突然ぐいと引っ張られる。何事か、と後ろを見やれば佐助さんが不機嫌そうな顔で立っていた。

「まーたコンビニ弁当でも食べるつもり?」
「えー?美味しいんですよ!」
「体に良くない」
「どこからそんなことを・・・」
「テレビ」

食材買って来たから、と手をひっぱられる。握られた手がほのかに温かくて、私の顔もだんだんと熱を持ち始める。顔なじみのレジのおばさんに手を振ると意味ありげに笑っていた。そんなんじゃないのに。私と佐助さんの背丈は頭一つ分以上あってなおかつ、足の長さが悲しいことに驚くほど違っている、つまり私は繋がれた状態で早足で佐助さんに歩かれると疲れると言う事だ。軽く息が上がり始めたころ佐助さんが口を開く。

「思えばさあ、なまえちゃん会った頃からご飯はもう作ってあるものだったよねえ」
「・・・え?はいっ・・・!」
「ヨーグルトの日もあれば甘そーなパンのだけ日とか、揚げ物ばっかの日とかさ」
「作るの面倒ですし、自分で作るより美味しい・・・」

佐助さんは呆れたように息を吐いた。そして、カーキのモッズコートのポケットに手を突っ込み、くまちゃんのぬいぐるみがついた鍵を取りだす。これは先日、彼が外出したいと言って来た時、スペアキーに無くさないようにとキーホルダーにしては大きめなぬいぐるみを付けてやったのだ。差し込んでぐるりと回す。くまちゃんの首に付いた鈴がちりんとなった。佐助さんがドアを開ける。佐助さんはドアを支えるように内側に立ち、半歩後ろにいた私の背を押す。佐助さんと私が並んだところで佐助さんが口を開いた。

「だったら、朝も昼も夜も俺様が作ってあげるよ」

そう困ったように笑って私を先に入れてくれた。そして、最後に佐助さんが入って鍵を閉める。寒いからと佐助さんが私の背を押した。その間、私はぼんやりと思いだしていた。
昔、あの人にまったく同じことを言われたことがある。元々、幼稚園からの付き合いで付き合い始めたのは高三の秋と冬の丁度まんなかあたりだった。私は卒業したらすぐ就職するつもりで、あの人は短大に入る予定だった。私は卒業した後すぐに一人暮らしを始めた。始めた頃の私の食生活はまさに今と似たような感じでいっつもコンビニ弁当や総菜だった。それからしばらくして、中々会えなくなったことに痺れを切らしたのかあの人が私の家で帰りを待つようになった。それから、彼の卒業までは私は毎日放課後私の家で作ってくれる彼の食事でお腹を満たしていたのだ。彼も卒業後、恩師の経営する会社に営業として就職した。俺、事務職の方が向いてる気がするんだけどと愚痴を漏らしていたがいつも夜遅くまで働いていた。ご飯を支度してくれる人が居なくなってしまった私は、自分の料理では舌が満足せず、またコンビニ暮らしと逆戻りした。私も彼も忙しいとあってか中々会えず、久々に私の家の近くのコンビニでばったり、私の手には数日分のカップラーメンがあるのを見て、彼は不機嫌そうに眉を潜めた。ぱぱっと手際よく私の籠の中を整理してしまうと私の手をひっぱってちゃっちゃと歩いて行く。彼の右手にはスーパーの袋があるのを見て私は、まるで通い妻だなと笑ってしまった。そして彼は私を佐助さんと同じように部屋に入れて、俺様が朝も昼も夜も作ってあげるからさ、一緒に暮さない?と呆れたように笑う彼があまりにもカッコよくて私はこくこくと頷くしかできなかったのを今でも覚えている。

玄関先でぼんやりとしている私をさすがに不審と思ったのか佐助さんが私を覗きこみ、目の前で手を振っていた。はっと気づき、なんでもないの、と私は目を細めて笑んだ。そう?と佐助さんは不審がりながらもリビングへと入って行った。私もそれに続く。



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