俺はリビングのソファでうたたねをする姉の頭を撫でた。俺と姉は親の連れ子同士だった。親が最低最悪で父親はパチンコと女狂い、母親は金の亡者でアル中と言うドラマみたいなありがちなクソ親の典型だった。そんな中で俺と姉は互いを守るように身を寄せ合って生きてきた。そんななかこれまたありがちな展開で、俺は姉に恋をしていた。所謂、一目ぼれに近かった。俺の屑みたいな人生に流星のように突然現れた。それは救いで希望だった。そんな姉が明日、結婚する。相手は三コ上の平平凡凡なサラリーマン。あんな甲斐性も何も無さそうな奴より伊達の方がマシだと思った。むしろ、俺にしてくれればよかった。俺だったらべたべたに甘やかして、愛して、今まで味わったことの無い幸せをたくさん与えてやれただろう。今まで足りないものを互いで埋めてきたのに置いて行かれる俺はどうしたらいい。乾いて、枯れて、もがきながら死ねって言うのか。だったら、いっそ、なまえを殺して俺も死んで一緒になりたい。でも、もしかしたら俺様は地獄でなまえは天国に行っちゃうかも。結局はなれることになるなら嫌だなあ。じゃあ、邪魔なあいつを殺してしまおうか、何でもできる俺はきっと暗殺だってたやすい筈。ばれない様に悲しい事故にしちゃってさ、そうすればなまえはどこも行かない。いや、そんな事したらなまえは泣いちゃうかな、なまえはいつだって弱虫で泣き虫だった。暴言と暴力、侮蔑の視線。なまえは堪え切れなくってよく俺にすがってきていた。怖い、助けて佐助、だなんて。男の俺は女のなまえを守ってやらないといけなかった。必要とあれば父親を殴ったし、母親も蹴ったりした、いつだったか父を血まみれにさせて、怯えるなまえの手を引いて家を出た事もあったっけ。震えるなまえを抱きしめながら公園で寒い夜を耐えた。明日が来れば、俺のそんな役目はあの男へと引き継がれるのだろう。そう思うとふつふつと胃の底が熱く、無性に叫びだしたい衝動に駆られた。だめだ、落ち着けよう。なまえはあの女に似ず可愛らしいし、美しかった。優しいし社交的で良識的。肌は白くて瑞々しくてむしゃぶりつきたいほどだ。暴力に怯えきった顔は悶えるほど愛らしいし、もうどうにもならないと悟って絶望した顔はもうため息が出るほどだ。だけど、一番はそんなコアすぎる表情じゃない。俺がどうかしちまった時大丈夫と俺を抱きしめてくれる時の顔だ。いつも横顔しか見れないけれど穏やかで、俺の事愛してくれてるんだなあって思える顔だった。それだけで俺はもう死んでもいいとさえ思えた。よくよく思えば俺の人生はなまえの愛で満たされている。むしろ人生がなまえそのものだ。もし、なまえが居なくなってしまうのなら俺は生きている意味がない。

「置いてか無いでくれよ」

ぼそり、と呟く。俺がいなくなればなまえは泣くだろうか。泣いてくれるだろうか。目が痛む。ぼろぼろと情けないほど涙が溢れてくる。ずっとずっと傍にいて、俺の人生を愛で満たしてくれよ。凄く寂しい悲しい辛い。悲しすぎて嗚咽まで出てくる。本当に情けない、子供みたいだ。泣きやめと思うのにぜんぜん俺の涙線は言う事を聞いてはくれなかった。大好き、愛してる。なまえの肩がぼやける視界でかすかに揺れているのが見えた。姉ちゃん、結婚おめでとう。