度々私はある夢を見る。不思議な夢。その夢の中で私は一人、色んな意味で浮いてるし、体も思い通りに動かせるし、普通の思い出みたいに長い時間覚えていられる。あれどんな夢だったっけなんてないのだ。そして、徐々に見ている時間が長くなっている気がする。多分。もしかしたら、あの夢を見すぎたら私は目が覚めなくなってしまうかも、何てそれこそ夢物語みたいなことを思う。
私はあの不思議な夢を見れるといいなと願いながら毎晩眠りにつく。ただ、そう思いながら寝たって毎回見れる訳じゃなくて、気まぐれなのだ。運次第だから短いスパンで見れた時はガッツポーズをして喜んだものである。こないだは二週間ぐらい前に見たと思う。さて今日は見れるかな。
私は期待を込めて、まぶたを閉じた。

その夢の中の世界は、ザーフィアスと言う王都で、たくさんの人が行き交い、暮らしている。日本で馴染みのない貴族とか騎士とかもいる。おまけに、空はほわんほわんと青白い光のベールがかかって、まるで街を守っているようだ。それに、見た事もない言葉が看板とか本とかに書かれている。ただ、不思議なことに人の言葉はちゃんと日本語に聞こえる。夢と言うのは本当に都合よく出来ているものだ。
私はぱちりと目を覚ます。どうやらあの夢の中のようだ。路地裏かな。薄暗くて、ワンピースと長袖のカーディガンに編上げのブーツと言う何ともシンプルで白を基調としているものだから、ぼんやりと体がうっすら光っているように思える。湿っぽく、肌寒い路地裏をヒールでかつかつと踏みしめて歩く。遠くに喧騒が聞こえる。どうやらあまり人のいるところから離れていないらしい。それまでゆったりとしていた歩みは薄暗い場所に一人ぼっちという不安からかそれともこの先はどんな光景が広がっているのかという期待からかは分からないが、忙しなく足を動かしていた。人の声が近い。あの角を曲がれば出られるのだろうか。私は左に方向を変えた。その時、目に入って来たのは人だった。
人と言ってもただの人間ではない。数人の大男に床に伏している青年。先程の喧騒はおそらくこの人たちなのだろうとすぐに気がついた。大男たちの眼はギラついていて、ひどく興奮しているようだった。そのうちの一人が下卑た笑いを上げながら私に何やら話しかけてくる。私は喉をひきつらせて、その男の汚い顔を見つめていることしかできなかった。固まったままの私に痺れを切らしたのか男は私をなぎ倒し、馬乗りになる。私はしばらく呆然とし、そしてようやく自分の置かれている状況を理解した。私は力の限り手足をばたつかせ、甲高い悲鳴を上げる。むなしくも他の男に手足をきつく押さえつけられた、骨が折れそうだ。やだ、怖い、助けて。これから起こるであろう出来事に施行を廻らせ、恐怖で身をこわばらせる。胸元に手を延ばされる。その瞬間、嫌な鈍い音が私の鼓膜を震わせ、私の足を掴んでいた男が横に吹き飛んだ。そして、腕を拘束する男は情けない声をあげ、次には何かに打ちつけられる音が聞こえた。私は一体何が起こっているのかさっぱり分からなかったが、助けが来たのだと理解する。とうとう、私の乗っていた筈の男は気付けば立ち上がり、寂他バタフライナイフのような刃物をかたく握りしめていた。そのままずるずると背を石壁に預ける。私は解放された事を思い出し、上手く動いてくれない手足を下手糞なほふく前進のようにでたらめに、しかし前へ進もうと動かす。その時の私は無様だったろう。近くにあった木箱にしがみつき、身を寄せた。ボロボロになってしまったからだと服を自分で抱きしめるようにうずくまった。心は恐怖しか映していなかった。
カツン、カツンと靴の音が響く。私は体を縮みあがらせた。脈拍が速くなる。怖い、怖い。とうとう灰色になってしまった服に黒い影が差す。見上げればその影同様に真っ黒な人が私を見ていた。驚いた事にその瞬間、先程までこの胸をしめていた恐怖は消え去ってしまっていた。黒と言えば不吉、悪などの単語を連想させる。しかし私の悪夢に現れた黒はとてもまっさらで綺麗な黒だった。

「おい、大丈夫か。」

そう言って、手を差し出すその人の髪は微かな光を受けてきらきらと輝きを放っていた。