あれから数週間。リドルとの奇妙な同居生活が始まった。私の家事はとても楽になったし、彼の口から語られる話はとても興味深く、夢があった。古い妖精が哀れなマグルを助けた話は、シンデレラの話にそっくりだったし、白雪姫や人魚姫の話にそっくりな逸話もいくつか聞いた。作り話と言うには余りにも精巧だけれど、現実だと言われれば信じ難いものだった。

「本当に、#名前#は僕が話しているときは更に幼くなるね」
「更にって何さ」
「そのままの意味さ」

くすり、とリドルは漆黒の瞳を細めた。

「リドルは気取った顔しない方がいいよ」
「気取ってた方がモテるけれどね」
「趣味の悪い子が多いんだね」
「そうかな」
「そうだよ」


僕は何よりも平凡が嫌いだった。僕は選ばれた人間で、サラザール・スリザリンの末裔である母を持ち、特殊な幼少期を過ごし、一人抜きんでて優秀で教師にも一目置かれ、更には女たちの言葉を借りれば、僕の全てが魅力的で、僕は全てが特別だった。そんな僕は選りすぐられたものを持つべきとずっと考えていた。なのにどうだ、忌み嫌われるべきマグルで更にはマグルでも被差別対象である有色人種である#名前#とのこんな下らない日常をどこかで捨てがたい、と考えている。そんな思考に反吐が出そうだ。いずれ、僕は元の世界に帰らなければならないし、そもそも慣れ合うべきでもなかった。都合の良い女としてどうとでもきっとできただろうに。ここにきてからの僕は全てにおいて、甘い、馬鹿みたいな選択をし続けている。これではあの本の自分を馬鹿に出来ないではないか。穏やかに流れる時間はまるで夢のようで僕の現実と幻想の輪郭を曖昧にさせる。この世界は幻想で、あの世界が現実なのだ。幻想はいつか掻き消え、夢のように忘れられていく。忘れたくない、と一瞬でも考えてしまう僕にいっそ、死の呪文でも唱えたくなってしまう。
#名前#は、一人分あけた隣で寒いのかブランケットにくるまって僕の話を聞いている。マグルにも知られているような魔法界の逸話を離せば、まるで少女のように目を輝かせて僕の話に聞き入る。時折、微笑む横顔を僕は見ていた。なんだか、泣きたいと思えるのは一体何なんだろう。

「リドルってさ、もっと、冷たい人間なのかと思ってた」
「ふうん?」
「いずれは、闇の帝王になるし、人は殺すし、ハグリットを犯人に仕立てるしさ」
「君を油断させるためにか弱い羊の皮をかぶってるんだよ」
「初対面の人間にアバダしたくせによく言うよ」

#名前#は体育座りをした膝に顎を乗せる。

「もっと温かさがなくて、感情が無いと思ってた」
「まるで、僕が温かい、感情豊かな人間って言ってるみたいだね」
「そうだよ」

僕は目を丸くする。彼女は膝に預けていた頭を持ち上げて、真っ直ぐに僕を見た。

「貴方は確かに、此処にいる。私の目の前にいる。ただそれだけだけれどそれが現実である証明なんだよ。紙のなかの、物語に出てくる人物じゃない。貴方は、トム・マールヴォロ・リドル。ただの人間のリドルなんだ」

まるで彼女の独白のようだった。
彼女がなにを思って、そう言ったのか分からない。
『ただの人間のリドル』。その言葉がすとんと胸に落ちる。
ぼろり、と目からしずくが一つ、落ちるのを確かに感じた。




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