あのちんぷんかんぷんな状態でよくここまで頭が働いたと自分自身に拍手と賞賛を送りたい。彼は本のなかの、本物の『ヴォルデモート』だとしたら利用価値のあるものはそう易々とは殺さない。そして、彼は情報に飢えている。そう、少なくとも明日までは私は生きてると言う事だ。しかし、このキチガイペテン野郎にどうしてここまで怯えなきゃならない。本当にトム・リドルなのだろうか。いや、そんな非現実的な話あってたまるか。 私たちはあの後、仮眠を取る、という事で何故かトム・リドル(仮)は私のベット、私はラグの上という謎なポジションで眠りに就くことになった。しかし、私はあんな事があってすぐ眠られるほど神経は太くなく、寝返りばかり打っていた。そして、陽は昇り、仕方がないので出かける用意をする。仕方がないので、二人分のトースト、目玉焼きとソーセージと申し訳程度の野菜を載せたプレートをテーブルに置く。リドルはまだ起きてこないようだった。一人でコーヒーを啜りながらトーストをかじる。私が食べ終わる頃ようやくリドルが起きてきた。
「ずいぶん、神経が太いのね」 「別に寝ていた訳じゃないさ、床で寝れる君ほど図太くは無い」 「日本は元々床に布団を敷いて寝る文化があるのよ」
リドルはテーブルの上に置かれた朝食を無表情でしばし見つめたかと思ったら、再び杖を一振りした。すると、冷めきったトーストは焼かれた小麦の良い香りがして、目玉焼きはほかほかと湯気を立てていた。私は眉を潜める。
「飲み物は何か無いわけ?」 「お得意の魔法で出せばいいじゃない」 「ああ、僕が魔法を使えば、使い勝手の分からないそこのコーヒーメーカーを誤ってひっくり返してしまうかもな」
リドルはにたりとして笑った。私は眉間に皺を寄せて立ち上がった、可愛いクマのピンクのマグカップにコーヒーを注ぐ。そして、目の前に置いてやれば、満足そうな嫌な笑みをリドルは浮かべた。
「ほんっとに貴方性格悪いね」 「強か、といってほしいな。・・・で、図書館に行く前にそのハリー・ポッターの概要を教えてはくれないか?」 「・・・貴方、自分がどうなるのか知りたい訳?マゾなの?」 「心外だな。その僕が死ぬ道を選ばないように学ぶだけさ」
私は声をあげて、笑う。
「ふふ、だったらあんたは善い、善良なる魔法使いになる以外はないんじゃない?」 「・・・何が言いたい」 「出る杭は打たれる、そういうことよ」
かちゃんとシンクに食器を置いた。
「ふうん、なかなか大きな図書館だね」 「市が学習や読書について力を入れてるの。最近改装されたばかりできれいだしね」 「あった、これがハリー・ポッター。はい」 「・・・分厚いな」 「これを子供が読破するにはなかなか骨が折れると思うよ」
リドルはハリー・ポッターを読み出すなり、声をかけても反応しないほど集中しきってしまっていた。リドルは見れば見るほど美少年でこの世のものとは思えない、まさに二次元の産物のようだった。作られた存在。彼に人間としての個性はあるのだろうか。ぺらり、ぺらりと彼は速読しているのだろうか、私には考えられない速度で読んでいる。私は、彼と魔法の存在を認めなければならない。しかし、それは私の目の前で起きていることだけであって、他人から見て彼は見えているのか、魔法を見れるのかは別だ。そう、これは私の妄想、幻覚という事も考えられる。リドルが私の目の前に居る事も、魔法を使う事も、頬を上気させた女性に声をかけられているのも全て、夢か幻か、本当に現実なのか。私にはまったくもって判断がつかないけれど、なんとなく本当であればいいと思う。 気がつけば、数時間が立っていて、リドルは赤い目をしてパタン、とハリー・ポッターと死の秘宝を閉じた。
「これが僕の最期か」 「そうだよ、なんなら映画もあるけど」 「映画にもなっているのか・・・」 「そうだよ、今思えば役者は貴方には似ていないけれど、雰囲気とかはそっくりかも」 「・・・気分が向けば、見るよ。ただ、今は」
そう言って、眉根を寄せて俯くリドル
「今は?」 「どうにも、僕、いや、ヴォルデモートは愚かとしか形容できない、そこが受け入れ難い」
少しだけ覗く表情は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。私はくすりと笑った。
「顔とかじゃないんだ」 「顔はどうでもいいさ」 「もっとナルシストなのかと思ってた」 「しかし、自分の顔が美形だとは理解しているよ」 「うわあ」 「自分の長所は正しく理解してこそ、正しく使えるからね。短所もそうさ」 「さすが、天才様は違うね」
かちり、かちりと秒針がゆれる。窓から射す西日は広い図書館を照らしていた。なぜか今日は人も少なく、自習する学生すら居ない。 まるで世界で彼と私ふたりきりのようで、また何が現実か私は分からなくなってしまった。
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