数週間ぶりにスカイファイナンスに顔を出したら、入れ違いになった見知らぬ女性が久しぶりですねぇと愛想よく話しかけてきた。呆然としている私にソファで寝転がっていた秋山さんが「花ちゃんだよ」と口元で合図をする。

「花さん、随分と綺麗になりましたね」
「外見はね?中身はまったく変わってないよ」

 つい先ほど買い物にでかけた彼女の姿を思い返しながら頭の中で様々なことを推察していた。私が最後にみた姿とあまりにも違っていて、様々な想像を掻き立てられる。たとえば、何かショックな出来事を受けただとか、純粋に努力をしただとか、それとも女性特有の……恋によるものだとか。そういえば以前、城戸さんから「花ちゃんは絶対、秋山さんにほの字ですよ」と聞かされたことがある。特にそんな様子はないように見受けたが、まさか、それで?

 何にせよ花さんは以前に増して魅力的な女性になったに違いない。同時に、恋による努力なんてものに縁遠い私にとって少し羨ましいと感じてしまった。
 私にも素敵な恋人の一人や二人いたとしたら、努力して痩せたり、綺麗になろうと感じる瞬間が訪れるだろうか。

「名字ちゃん、やけに難しい顔してるね」
「秋山さん、あの…デ、デートしませんか?」
 言い放った瞬間、明らかに事務所内の空気が凍りついたのがわかった。妄想は頭の中だけにしておくはずが、甘酸っぱい気持ちを体験してみたくて思わず口走ってしまったが、秋山さんとは単にご近所さんなだけで親しくなったのもつい最近。案の定、火をつける前の銜えていたタバコをぽろっとローテーブルに落としたまま秋山さんは動かなかった。

「は…花さんをみて!私も変わりたいなぁと思いまして!」
「それが、俺とデートなんだ?」
「デートって、この人の隣に並ぶのに相応しい格好をしなきゃ、とかおしゃれに気を遣ったりするじゃないですか。そういうこと慣れてなくて、秋山さんがよければなんですけど…」

 息を切らさずによく言えたもんだ。不信感を持たれないようにそれらしい言葉を並べて、引きつった笑みを浮かべる。そして「ごめんなさい花さん。一日だけ秋山さんを貸してください」と心の中で呟きながら両手を合わして頭を下げる。
 その姿をみて少し考えたのか、事務所の奥にあるデスクに向かい、引き出しから取り出した白いメモにペンを走らせて私に突きつけてきた。

「明後日の17時、場所は劇場前広場でいいね。これは何かあったときの為の連絡先」

 そういえば、連絡先すらも知らなかったんだ。







 私なりにこの数日間で出来る限りのファッション雑誌を手に取り、行ったことのないお洒落な店へも足を運んだ。秋山さんの趣味なんて知るはずもないので、できるだけ大人っぽく落ち着いた服装を選んだ。こんなにも気合いを入れなくてもいいことは分かっているが、私だって女性なのだからちゃんと褒めてもらえるように着飾りたい。一回のデートでここまで労力を使うものなのかと、待ち合わせ場所で深く溜息をついた。


「やぁ、時間通り」
 腕時計をみていた顔を上げると、遠くから聞き覚えのある声と、一際目立つ人物がこちらに向かって歩いてきていた。行き交う人々がその男性に目を惹かれているほどに、私も目を奪われていた。

「いつもと違うね」
「あき…やまさんこそ」
「いやー、大変だったんだよ、服も慌てて見繕ってさ」

 見慣れたしわくちゃなスーツではない、まだ真新しいピカピカのスーツだ。靴も光沢を放っているし、何よりもしっかりヒゲを剃って髪も整えていたことに驚いた。そんな彼と違って私はただ黒を貴重としたワンピースで、この人の隣に並んで良いのか自信が無い。

「素敵だよ」
「……秋山さんも素敵です」
「ホントに?まだまだ俺、やれるのかな」

 移動中もよく秋山さんをみる視線を感じた。今の秋山さんをみて、あの秋山さんだと気付く人はいるのだろうか。私だったらきっと気付かない。

「それで、名字ちゃんのその格好は君の考える俺の隣に並ぶのに相応しい格好?」
「すみません、もっと素敵な格好をしてくるべきでしたよね」
「どうして?俺はその姿を見れただけで今日来て良かったと思うよ」
「…あはは、秋山さんは優しいですね」
「気になったんだ。君が俺のために、どう変わるのか」

 畏れ多くて半歩後ろを歩いていた私の手を掴むと、そのまま恋人同士のように手を握りだす。不思議とそれを振り解こういう気持ちはなかった。ああ、どんなに姿が変わっても秋山さんの中身は出会ったときからなにも変わっていない。

「女の子って凄いよね、きっかけ一つで一から百まで変わってしまう。今日の名字ちゃんも俺とのデートで変わった。…どう?今の自分は魅力的?」
「……はい、多分、魅力的なんだと思います」
「そっか。それなら良かった。じゃ、美味しいご飯食べに行こうか」


ただ、花さんがあそこまで綺麗になった理由が秋山さんだとしたら私も今日この瞬間から生まれ変わったのかもしれない。恋を、したから。


まほうつかい
(2015.0216)


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