ここは、どこだ。
今、この瞬間が夢なのか現実なのかさえ区別ができなくなっていた。扉が導いた先は出口に繋がっていることなく円状の大広間へと開け、踏んでいる大地も真っ赤な絨毯で彩られ、壮大な音楽が無理やりわたしの背中をぐいぐいと押している。ロザリアに文句を言うこともわすれてただその場に立ち止まっていると二、三歩先に進んでいたロザリアがこちらに振り返って顔を顰めた。

「まったく…何をしているの、行くわよ」
「どっ、どこに!?」
「どこって、女王陛下の御前に決まっているじゃない」

女王陛下――普段聞き入れない単語になぜか体中から血の気がサッと引くようだった。ここが何処かなどというより、少なからずとも私はその女王陛下と会う資格はないし、何か嫌な予感がする。私を置いて進むロザリアに何とかしてその気持ちを伝えないと、と勢いよく走り出したとき慣れない絨毯に足をとられ体制がぐらりと急降下した。

「ロザリ……わっ!!」

不思議と痛みは感じず、それどころかふわふわとあたたかい。視界には黒いもこもこした綿毛のようなものが映り込んでいて、誰かにでも支えられているようだった。

「…………あ……れ……」
「…大丈夫?」
「す、すみません、だ、大丈……」
「緊張してるのはわかるけど、気をつけなよ」

支えてくれていた人は綺麗な孤を口元に描きながら、わたしに向かってウィンクを決めた。




女王の座




「……………」
「んじゃ、がんばって☆」


どっちだ…?
立ち上がって数秒間、ひとつの疑問が頭の中を巡っていた。微かに高そうな香水のにおいが鼻をつくが、たしかに私を転倒から守ってくれたあの腕は男の人そのものだ。けれど言葉を失ってしまうほどに端正で、美しい顔立ちをしていた。

口元をぎゅっと紡ぎながら、俯き加減でロザリアの傍へと無言で向かう。進んでいくにつれ、さっきの男の人のように見目麗しい方々が両端に並んで、まるで私達を品定めするかのように笑みを浮かべながら眺めている。

「ロザリア…!ここ…ここやばいところだよ…!」
「私もはじめて拝見したけど、さすが、美しい方ばかりね…」

いまだに火照る顔をごまかすように手のひらで叩きながら、ようやく大広間の最奥へとたどり着いた。
(あ、この人…!)私は、女王の座に座る人物に見覚えがあった。ついさっき、ショーウィンドウの向こう側に立っていた美しい女性。まさか、この人が…?

「次期女王候補に選ばれし者たちよ。女王陛下にごあいさつを申し上げるように」
「(次期……?)」

ほんの一瞬、薄いレースの向こうで女王陛下が微笑んだ気がして、胸が一段と高鳴った。隣に立っているロザリアからも生唾を飲む音が聞こえる。この女王陛下がわざわざ私に、なんの用があるのだろう。

「ロザリア・デ・カタルヘナでございます」
「…ハナコです」
「ロザリア、ハナコ。女王の名において、2人を次期女王候補に指名する」
「えっ!?」

女王陛下が発した言葉に大きな反応を示してしまった。誰もが驚き、私の方へと視線を注ぐ。「申し訳ありません…」と小声で発すると女王陛下の左隣に立つ金髪の人がゴホン、と咳き込んだ。

「次代の女王を試験で決めるのは異例なことであるが、これもそなたたちの優れた素質に期待するがゆえ。 次期女王として持てる力を示してほしい」

次期、女王候補というものに私が選ばれている。そしてこれからはじまるのはその次期女王を決めるのに行われる試験。徐々に女王陛下の言葉が耳からするりと抜けていってしまうほど、理解ができなくなっていた。

蒼白になりながらも目線だけ持ち上げると、女王陛下の右隣に飄々として立っている黒髪の男性と視線が交差した。まるで凍りついたような冷ややかな瞳に自然と背筋が伸びる。

「(なんなの…ここ…)」
「試験にはここにいる守護聖たちと我が代理の…ディア。女王補佐官のディアを遣わそう。そなたたちは、彼らの力を借りてこの試験を受けることになる」

背後から柔和な笑顔を浮かべた女性が現れた。その女性からは女王陛下とはまた違った上品な美しさを感じる。

「星を導く使命を持つ者たちよ。そして、我が志を継ぐ者よ。どうか、我が期待に応えてほしい…」

女王陛下はそう言い残すと、後ろへと下がっていった。今なら待って、と手を伸ばしてここへ連れてきた意味を聞ける。けれど…そんな勇気は出なかった。
ただでさえここは見知らぬ土地で、知らないことばかりで、私の味方がいるとは決まったわけではない。
女王陛下はそんな私に、何を期待しているのだろう。